“夏の少女たちのきらめきをちりばめた”
文学賞受賞作を収録する初期作品集
2010年に「女による女のためのR-18文学賞」で優秀賞を受賞して以来、少女の痛みに寄り添った作品で多くの若者に支持されてきた作家・木爾チレンさん。12月18日搬入で、活動初期の作品をまとめた短編小説集『夏の匂いがする』が刊行される。本作に込めた思いや、作家として大切にしていること、これから書きたいテーマなどについて話を聞いた。
(聞き手:山口高範、構成:市川真千子)
今の感性で発表できることの幸せ
――『夏の匂いがする』は初期の作品集ということですが、書籍として刊行される気持ちをお聞かせください。
収録作『溶けたらしぼんだ』は、14年前にR-18文学賞優秀賞を受賞したデビュー作になります。およそ600作の中から選んでいただいた作品ですし、この頃に書いた作品を私自身すごく好きで、いつか本にしたいという思いがありました。でも書籍にまとめるには5作品ほど書きためる必要があって、当時は作品がボツになることが多く、心が折れて小説を書けなくなった時期もありました。
ただ、初期の頃は今に比べると無駄な文章も多かったので、過去の作品を今の感性で改稿して発表できるというのは、結果的に幸運だったと思っています。
――全編にわたり改稿をされたということですが。
作家活動初期の“あるある”かもしれませんが、昔は書き過ぎてしまっていたように思います。比喩を多く使いたがったり、その一文だけでいいのに何か書き足したくなったり。「上手に見られたい」という気持ちもあったからだと思います。でも書き続けているうちに、ストレートな文章のほうが届くときがあるし、脚色する部分としない部分の書き分け方がわかってきたんです。だから今回どの作品も3分の1ほど文章量は削っていますが、印象は変わっていないし、温度感はむしろ上がっていると思います。
『溶けたらしぼんだ』は性をテーマに募集された賞へ向けて書いたので、性描写が多く含まれており、読んだときに恥ずかしいと思ってほしくない気持ちで改稿しました。
過激な性描写はなくしつつ良さを失わないようにするのが難しかったですが、作品の持つ雰囲気や感情は残しながらいい意味で雑味がとれたと感じています。でも改稿前の作品も荒々しくて良いと思うので、読み比べるのも面白いかと。
――本作では各作品についてご自身の思いを綴られていますが、この構成にした背景を教えてください。
私が少女の頃、漫画家さんが初期短編集で一話ずつコメントを書かれていて、それを読むのがすごく好きだったんです。小説もあとがきがあるものが好きなのですが、一話ずつコメントが付いた小説は見たことがなかったのでやってみたいと思いました。
作品の邪魔にはならないように、時間をかけてコメントを考えましたね。やっぱり作者の思いが少しでもわかると、物語からすごく愛を受け取れる気がするんです。私もそうやって、読者の方々と近しくなりたいという思いがありました。
最後の『夏の匂いがする』だけは、話の後ではなく前にコメントを入れました。その前の『溶けたらしぼんだ』と同じ人物が登場していて連作のような雰囲気なので、それをわかってもらって読んだほうが面白いかなと。やっぱり小説は小説の余韻で終わるのが一番いいのではという気持ちもありました。
生と死、あの世とこの世、友情と恋情
――「生と死」など、相対するものが絶妙なバランスで構成されているのが印象的でした。
生と死を扱うのは、吉本ばななさんの影響が大きいです。生と死をテーマにされている作品が多く、彼女の小説がとても好きなので。私は小さな子どもの頃から「死ってどういうものなんだろう」とよく考えてきました。だから吉本ばななさんの小説に感銘を受けて、自分も同じテーマで書いてみたいと思ったのかもしれないですね。
生と死のバランス感というのは、自分の性格から来ていると思います。若い頃は「死にたい」と「自分、最高!」という気持ちが毎日のように入れ替わっていて、あの世とこの世を行き来しているような心のバランスで生きてきたので、それが小説に反映されているのかなと思います。
――女性同士の友情・恋愛どちらともとれない関係性を書かれていますが、そのテーマヘの思い入れとは?
女の子同士って、私がこの世で一番尊いと思っている関係性なんです。“仲が良い”という一言ではまとめられなくて、うらやましい、ここがにくたらしい、でも一緒にいると楽しい、みたいな、好きと嫌いが混在しているような関係。いろんなことを思いつつも一緒にいるというのが面白くて、男女や男同士にはない、美しい関係性だなと思っています。
――なぜ「夏」を題材にしたのでしょうか。
私、夏が好きなんです。半袖から風が入ってくる感覚とか、湿気のせいなのか生地の柔らかい感じとか、夏に着る制服の心地よさをよく覚えています。それに、中学生の時すごく楽しくて、時間が過ぎるのが本当に嫌だったんですよ。でも夏は卒業までまだ時間があって、自分が永遠にそこに留まれるような、ずっと制服を着て教室にいられるような感覚が好きでした。
お祭りにクラスの男女で行ってドキドキしたり、みんなが開放的になるのもよかったですね。それから打ち上げ花火の匂いや空から降ってくる感じ、儚さ。こんなにきれいなものが世の中に存在するんだって、涙が出るくらい感動します。
少女の感性を失わないように生きる
――過去の作品を振り返り、現在と変わらない点・変わった点を教えてください。
昔も今も一貫しているのは、少女の頃にしか感じられない空気感、痛み、些細な感情の機微を大切に書き続けている点です。私自身、ずっと少女の感性を失わないように生きてきて、それが強みだと思っているので、これからもずっと書き続けていくと思います。
変わった点は、昔は自分がいいと思うものを書くことが一番で、独りよがりな文章だったように思います。今は、自分が面白いと思う作品を書きたいのと同じくらい、読者に届いてほしいという気持ちが大きいですね。
――小説を書く上で大切にしていること、これから書きたいテーマについて教えてください。
読みやすさ、ページをどんどんめくらせるリーダビリティが正義だと思っているので、文章の無駄をなくす作業を一番大事にしています。全てを脚色しなくても伝わるし、むしろ多くを書かない余白の美しさを意識して書いていますね。本を読んだことがないような若い世代でも読みやすい作品にしたいです。
テーマについては、少女の痛みをこれからも書き続けたい。もしかしたら“少女の痛み”から“女性の痛み”へと変わっていくかもしれないですが、やはり女性だからこそわかる心の機微を書いていきたい。そのひとつのテーマを軸として、デスゲームや密室殺人といったエンタメを交えて書いたり、純文学を書いたり、いろんな方面からアプローチしたいです。「今回はこの角度から!?」と感心してもらえるような作家になりたいと思っています。
前作を超える作品を届けたい
――書店員・読者ヘメッセージをお願いします。
書店員の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。手書きで作ってくださったポップは、一つひとつ見て感動しています。応援していただくことを当たり前と思わず、毎回、前作を超える作品を書いていきたい。今の状況に甘んじない意気込みをいつも持っていたいです。
読者のみなさん、一作一作、違った方面から書きたいと思っていますので、意外性を楽しみにしてもらえたら嬉しいです。
1987年生まれ、京都府出身。2010年『溶けたらしぼんだ。』で新潮社主催「女による女のためのR-18文学賞」優秀賞を受賞。2012年に『静電気と、未夜子の無意識。』(幻冬舎)で単行本デビュー。『みんな蛍を殺したかった』(二見書房)、『二人一組になってください』(双葉社)などヒット作多数。
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