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日販グループホールディングス代表取締役社長・富樫建氏に聞く 新しい取次をデザインする

富樫社長

 今年4月に日販グループホールディングス(GHD)の社長に就任した富樫建氏は、入社間もなく契約によって書店の返品率を下げてマージンを増やすことを目指した「www.project(トリプルウィン・プロジェクト)」を担当し、その後は主に「文喫」「箱根本箱」といったリノベーション事業に携わってきた。前期はグループで11億8000万円、取次事業で36億円の赤字を計上した同社だが、取次事業の再生とグループとしての経営をどのようにカジ取りしていくのか、そして出版流通や書店について富樫社長に聞いた。

【星野渉】


――グループのトップに就いた心境をお願いします。

 プレッシャーはありますが、やるしかないという気持ちです。発表してから多くの方から声をかけていただき、期待と重責を感じる日々です。

 4月1日の朝にグループの幹部と日販の取締役にオンラインでお話しする機会をいただきました。そこでは、「新しい取次をデザインしよう」というメッセージを伝えました。最後のスライドは、COOとして「頼む」というよりは「一緒にこうしたい」という思いを込めて「皆さんとならできる」というメッセージにしました。分かってもらえたと思います。

――グループ経営立て直しのスケジュールはいかがですか。

 取次事業を含めてグループの赤字からの回復は、すぐに取り組まなければなりません。今期V字回復させることが私の初年度のミッションです。グループとしてのV字回復はマストで、日販としてのV字回復への道筋も描きつつあります。

 いずれも手は打ち始めています。昨年度下期には連結黒字と回復の兆しは見えています。その効果を出していくとともに、トップラインをいい形で上げていきたいと思っています。

――経営効率を上げるため従業員数を減らしているようですが。

 グループ全体で、この5年ほどで、非正規雇用を含めた従業員数は500人ほど減っています。グループ会社を統合したり、DXを進めて仕事を効率化するなど業務改革を進めています。

取次の〝本道〟経験せず

――日販ではどんなお仕事をしてきましたか。

 入社1年目は経営戦略の営業推進チームに配属され、2年目に営業推進室ができ、吉川(英作・日販GHD代表取締役会長)が室長となって、そこからは吉川が師匠です。

 3年目ぐらいに吉川が責任者になって、「トリプルウィン・プロジェクト」が立ち上がり、私もコアメンバーでアサインされました。

 ここでは出版社を回り、商品の調達もやらせてもらったので、取次のバリューチェーンを経験できました。出版社に育ててもらった大事な時間だったと思います。いまその恩返しができるかもしれないと考えています。

 そのあとは、CRMサービス「HonyaClub」を立ち上げ、中西(淳一・日本出版販売専務取締役)が課長で、私が係長として、全国の書店に広げるため取引先書店と知り合いになる機会をいただきました。

 2015年にはリノベーショングループを立ち上げました。新空間の創造というテーマで「あゆみブックス」のリノベーションから始まって、入場料がある本屋「文喫」や本と暮らすように過ごすホテル「箱根本箱」などを手がけました。

 そういう意味では、入社以来いわゆる仕入れや営業といった、取次の本道は残念ながら経験していません。もちろん私としては新規事業の領域で出版社や書店にお世話になり、新たな仕事にチャレンジさせてもらえて良かったと思っています。

子会社の経営が良い経験に

――リノベーションの取り組みは自ら志願したのですか。

 もともと場作りや空間作りには興味があったので、かっこいい書店を作りたいという気持ちは持っていましたし、そういったモデルが出てきた時期でもありました。

 また、直前には海外視察に行き、パリとジュネーブの書店や最先端の雑貨店、コンセプトショップをたくさん見ることができ、大きな刺激になりました。それを国内で実現したいと強く思ったのです。

 そんな時期に「あゆみブックス」がグループ入りしたので、駅前書店のリノベーションをスローガンに、荻窪と高円寺の店を選んでチャレンジしたのがスタートでした。当社の取引先ではありませんが、私と同じ年齢で「かもめブックス」を立ち上げていた柳下恭平さんにもプロジェクトメンバーに入ってもらいました。

――リノベーションの事業では子会社の経営も任されましたね。

 「箱根本箱」を運営する株式会社ASHIKARIでは、資金繰りから資金調達まで全て自前で取り組みました。当時の平林(彰)GHD社長が良い意味で厳しかったので(笑)、ホテルをリノベーションする資金を外部から調達できるならやってもいいと言われたのです。

 PLもBSも背負って、銀行からお金を借りました。日販の子会社ですからメインバンクからは相応の条件でお金を借りることはできましたが、やはり社長としてやるのは緊張感が違います。現預金残高を毎日見るなど良い経験でした。

 いまも当時の私と同じぐらいの世代や、もっと若い人たちにそういう機会を提供できているのはいいことだと思います。みんなが責任を持つ文化になったので、そこは期待したいです。

日販のネットワークに大きなポテンシャル

――日販はグループ経営を比較的早くから目指していましたね。

 グループ各社は人材、価値観、ファッションも全く違いますが、文庫本から家(ダルトンホーム)までフルラインで豊かさを届けていることを社員、取引先、パートナーが感じられるグループになることが、ホールディングス全体の成長戦略のイメージです。

 いまグループ会社は35社(2024年3月末時点)ですが、必要に応じて増えて、大きくなっていくのは、グループの成長にとって必要なことです。ただ、無理に拡大するのではなく、成長に応じて自然に拡大していきます。

――今後の成長の可能性や方向性はいかがですか。

 私は空間作りやクリエイティブディレクション、不動産事業など「まちづくり」をテーマに仕事をすることが多かったのですが、その中で祖業である日販のネットワークの価値や信頼を体感できました。

 もちろん出版流通には課題も多いですが、日販が持つ書店や出版社とのネットワーク、地域とのネットワーク、もの作りする人、あるいは情報発信したい人とのネットワークには大きなポテンシャルがあって、外の人からも期待されていることにあらためて気づかされました。

 日販の取り次ぐ力を再生できれば、いろいろな方々に我々が持っているネットワークで価値を取り次げます。私がGHDの社長とともに日販で専務取締役プラットフォーム創造事業本部長を続投する意味もそこにあります。

 グループ各社がパートナーと出会えたり、安定して場作りができたり、企画が届けられるのは、日販の75年の歴史があるからです。その信頼と、全国津々浦々に本と文化を届け続けるというマインドが会社の文化になっています。

 後からグループの仲間になった企業にも、この文化が浸透しています。それが会社の社会的存在意義であり、働くモチベーションになるので、そこをより鮮明に打ち出したいと思います。

グローバル展開も大きなテーマ

 あと、ここ数年、課題として鮮明になっているのは、グローバルマーケットをどうするかです。当社だからできる関わり方や事業も必ずあるし、インバウンドも戻ってきているので国内ビジネスにも商機があるはずです。グローバルマーケットは成長戦略の中で一つの大きなテーマなので、社内でより具体的にキックオフしていきます。

書店発の意義大きいブックセラーズ&カンパニー

――CVS流通からの撤退や、大手書店と協業でブックセラーズ&カンパニーを立ち上げたりしていますが、出版流通改革をどう進めていきますか。

 環境もお客様のニーズも変わり、流通も変わっているので、やはり変化しなければいけないと思います。ただ、急激な変化は弊害を伴ったりもするので、変化を業界内外の人々と共有していくため、対話の機会を増やしたいと考えています。

 CVSの件については、当社としても苦渋の決断でした。引き受けてくださるトーハンに責任を持って引き継ぎますが、違った形で、ローソンとは「マチの本屋さん」、ファミリーマートとは生活者に支持される新しい形を研究し、本や雑貨との接点を増やすことにはチャレンジし続けます。

 ブックセラーズ&カンパニーは、紀伊國屋書店から話をいただき、当社の役割を整理して一緒にやると決めました。

 大きいのは、紀伊國屋書店とTSUTAYAという書店から声が上がったことです。当社も書店マージン率改善には「トリプルウィン」以来20年以上取り組んできましたが、ご承知の通り、書店経営を劇的に改善する率には至っていません。

 もっとダイナミックな方法を試さないといけないと思いますが、その意味でブックセラーズ&カンパニーが書店主導を掲げたことには大きな意義があります。そのモデルに出版社には賛同していただき、書店には参画していただいてスケールを出していきたいと考えています。

――新しいことには反発もあると思いますが。

 業界の常識や習慣を壊すことが目的ではなく、出版流通の持続や書店の存続といった目的を果たすために必要な改革には躊躇なく取り組むという姿勢です。

 書店も出版社もイノベーションを起こす必要があるという認識は変わらないと思います。ただ、変えようとするときの摩擦とか、乗り越えなければならない壁があるのは常なので、そこを超えるためのモチベーションと仲間は必要です。

 「トリプルウィン」の時代に、出版社から「それなら賛同するよ」とか、書店から「これはいい」と言っていただいた景色が私たちには成功体験としてあるので、そこをグループのメンバーと共有して、やり切りたいと思っています。

持続可能な書店モデル2、3年で答えを出す

――海外では書店チェーンのバーンズ&ノーブル(米)やウォーターストーンズ(英)が立ち直りつつあるようですし、アメリカでは独立系書店が増えています。日本で書店を支えるために必要なことは何でしょうか。

 再三言われていますが、書店マージンの率も額も増やさなければなりません。そのためには価格水準の引き上げと、効率改善した時のマージン配分率の見直しが必要です。

 ただ、この課題にメスを入れ続ける必要はありますが、お客様に対しての価値提供の面から考えると、価格や条件の見直しだけでは不十分だと思います。

 書店の機能、商売のモデルを、丁寧に本を売るとか、イベントを通じて本の良さを知っていただくなど、トータルで価値を提供するビジネスモデルにしないと、マイナストレンドに追いつかないという危機感があります。

 取引先書店のトライへの支援も必要ですし、グループでは「文喫」のような挑戦的なモデルを作る取り組みを通じて、地域書店のビジネスモデルに還元することもテーマです。そこには、ある程度可能性が見えてきています。

 特に私が日販のプラットフォーム創造事業本部長として取り組みたいテーマは、ここ数年で「本屋のない街」をどれだけゼロに近づけられるか。地域社会に貢献する書店を作り、残すことです。

 書店とともに全国に多様な業態を作る「コミュニティセンター構想」を進めます。図書館も含めて、どういう戦略やサイズだったら本と接する場所、本を買える場所を地域に残せるのか。2、3年で答えを出したいと考えています。

 そのために今年、地域事業開発チームを立ち上げました。首都圏や西日本を拠点に、地域での書店のネットワークや自治体の力、地方企業あるいは地域の資源をうまく活用して成り立つ、本が買えて、文化的な体験ができる事業を作ることに取り組みます。

 あわせて、静岡県駿東郡長泉町と「本を起点としたまちづくり」に関する包括連携協定を締結しました。ほかの自治体の首長にもお会いするなど、書店がなくなっている地域で、日販が間に入り、地域の書店を巻き込んで、書店や図書館など文化的な体験ができる街づくりにトライしています。

 こうした取り組みの案件が出てきていますので、なるべく早く新しい書店のモデルを作って、ポジティブなニュースが流れるように変えていきます。

――どのように広げていきますか。

 やはり、成功モデルをいくつか作って、それを業界内にプロモーションしていくしかありません。

――御社の取引書店ではないですが、奈良県にある啓林堂書店が開設された「書院(SHOIN)」は、日販などが運営する「文喫」と同様に入場料のある空間にして成功していると伺っています。

 そうですね。やはり、常識を変えていくときの手法として、象徴的な成功モデルがあると、ほかの書店もやってみようとなります。

 いかにその成功事例でダイナミズムを表現できるか。あるいは難易度は高いですが、再現可能なモデルにすることも大事です。

 どういう形が正解なのかはまだわかりませんが、卸売り、商社として、当社も投資したり、地域で事業を経営する会社を生みだすぐらい、商社機能の変革を起こしたいと思います。

国の書店支援に積極的関与

――経済産業省による「書店振興プロジェクトチーム」の動きもありますが。

 そういった動きがあることは心強く、一緒にやらない手はないと思います。我々がどこでお役に立てるのか、あるいはテーマ自体を提言するといったことも含めてポジティブに捉えて、書店のために全力で関与させていただきたいと思います。

――ありがとうございました。


とがし・たける氏 1976年神奈川県生まれ。99年早稲田大学第一文学部卒、同年日本出版販売入社。2018年執行役員営業推進室長、リノベーション推進部長、19年同営業本部副本部長、営業推進室長、リノベーション推進部長、ASHIKARI代表取締役社長、日本緑化企画取締役会長、同年取締役執行役員、日本緑化企画代表取締役社長、同年日販グループホールディングス取締役・日本出版販売取締役執行役員、20年同・日本出版販売取締役、21年同・日本出版販売常務取締役、23年同・日本出版販売専務取締役、23年日販グループホールディングス専務取締役、日本出版販売専務取締役、24年日販グループホールディングス代表取締役社長、日本出版販売専務取締役(現任)。

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