独立系書店が生き延びるための“ウリ”やノウハウを紹介する連載第7回。鳥取大学医学部付属病院内で、カニジルブックストアを運営する代表取締役・田崎健太さんに話を聞いた。
【市川真千子】
約100人が好きな本を推薦
カニジルブックストアは、鳥取県米子市の鳥取大学医学部付属病院(とりだい病院)1階に、2021年より店を構える新刊書店。書籍在庫数は約5000冊、売り場は50㎡。アルバイト3人が勤務し、社員1人が全体の管理を担う。
「ノンフィクション、医療、QOL」という3つのテーマに沿った本がそろうが、特徴的なのは“選書委員”と呼ばれる人々がおすすめする本が、ジャンルごとではなく選書委員ごとに並べられていること。
委員は俵万智さん、最相葉月さんなど作家、編集者、写真家といった面々で、約100人にのぼる。田崎さんが知り合いを中心に「本が好きで、本を大切にしている」人々に選書を依頼しており、今後も柔軟に入れ替えを続けていくという。
田崎さんは「販売会社から送られてくる本をそのまま並べるという従来の書店のやり方は、地方では通用しない」と話す。ネット書店で注文すれば翌日には配達される状況において、地方の書店では取次からの配本に最低でも3日、時には1~2週間要することもあるからだ。
そこで地方で価値のある本屋は何かと考えた結果、「自分が思ってもみなかった、〝いい本〟に出会うこと」という定義に至った。「私とスタッフが思ういい本だけでなく、本を大切にしている人たちに好きな本を推薦してもらえば、偏りなくいい本がそろえられると思った」と語る。
「MUJIN書店」を導入
また、Nebraskaが開発した「MUJIN書店」を導入しており、7~22時の営業時間中11~15時が有人、それ以外は無人で営業しているのも特徴だ。人手不足で閉店を考えていたとき、MUJIN書店のトライアルを実施していた山下書店を見学してシステムの完成度に感心し、導入を決めた。
「無人化により利益の上昇があるわけではないが、雑務が減ってスタッフに余裕ができた」と話す。「スタッフが楽しんで働けることが大事。そのために機械ができることはDX化して、本の相談やお子さんへの対応など、温かみが必要な部分はきちんと人がやるということを大切にしたい」。その環境作りがMUJIN書店導入によりうまくできているという。
鳥取大学から文化を発信
田崎さんは出版社を退社後、ノンフィクション作家として活動しているが、書店を立ち上げたきっかけについて「自身や後進の書き手のために、流行の本ではなく〝丁寧に作られた本を置くいい書店〟を作りたいとずっと思っていた」と話す。そんなときに知人から、とりだい病院の紹介を受けた。
とりだい病院は来院者数、従業員数、大学の学生を合わせて一日の滞留人口が5000人以上という県を代表する施設。「病院側は米子市の人口が減少している中で、これだけ多くの人が集まる場所は社会的意義があると考え、病院から文化を発信することで、地域を活性化させたいと考えていた」と田崎さん。
2人の思いが合致し、田崎さんは大学発ベンチャーとして株式会社カニジルを設立。カニジルブックストア運営のほか、地域イベントの企画運営や大学の映像制作、そしてとりだい病院をはじめ現在は3つの病院で広報誌の制作を担っている。
「書店の経営はやや赤字で、広報誌の売上が6~7割と大半を占める」と田崎さん。「書店だけで経営を維持するのは難しい。広報誌制作、イベント運営、映像制作と複合的に取り組み、会社の事業全体で黒字を出すしかない」と話す。
文化的な刺激で米子を活性化させることがミッションだが、「それをサステナブルにやっていくために、自分やスタッフも疲弊しないよう、まずは経営に必要な最低限の利益をきっちり出す」という方針を大切にしている。
そのうえで今後については、「来院のついでではなくカニジルブックストアのために来てくださるファンをもっと増やすことが目標。米子だけではなく、他市や近隣の県も視野に入れて考えたい」と語っていた。
所在地:鳥取県米子市西町36番1 鳥取大学医学部附属病院1階
仕入れ:日本出版販売
田崎健太さん
代表取締役。1968年生まれ。大学卒業後、小学館に入社し編集者として勤務。99年に退社後、ノンフィクション作家として活動を開始。2019年より鳥取大学医学部附属病院広報誌「カニジル」編集長に就任。21年に株式会社カニジルを立ち上げ、カニジルブックストアをオープン。
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