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書泉を「来る理由」がある場所にする シリーズ3点で約3万冊を販売 株式会社書泉・手林大輔社長に聞く

手林大輔社長

 2023年前半の書店発拡販企画として最も反響が大きかった白水社「中世への旅」シリーズの書泉向け専用重版。SNSでの拡散をきっかけにこれまでに店頭とオンラインで累計約3万冊を販売。この経験をもとに、同社は既刊の新たな発掘・増売企画「書泉と、10冊」を24年3月までをメドに展開していく。これまでリアル書店が不得意としていたネット販促・販売もフル活用する。昨年9月に公募で書泉の社長に就任した手林大輔氏に、復刊企画の振り返りと、これからの持続的な書店経営に必要なこと、そして書泉の目指すことを聞いた。【聞き手=星野渉・構成=成相裕幸】

「中世への旅」300部専用重版でスタート

―『中世への旅 騎士と城』がヒットに至るまでの経緯を教えてください。

 書泉グランデ店次長の大内学が催事企画で「ヒストリ屋」という中世ヨーロッパをモチーフにした企画を立てたのが今年3月。彼は『中世への旅 騎士と城』を子どもの頃に読んで非常に印象に残っていて、催事の目玉としてどうしてもやりたいと考えました。

「ヒストリ屋」コーナー前の大内氏(左)と手林社長

 実際、グランデでは刊行元の白水社さんが2010年に出した最後の重版の在庫を持って継続的に店頭で売っていましたが、版元では既に重版未定でした。それを彼が交渉して「300部買い切りであれば」と白水社さんから条件を提示していただきました。

 その後、僕に相談がきて、1年ぐらいで売り切るとの話でしたので許可したというのが始まりです。ちなみにこの300部はオフセット印刷で刷っています。この部数で当社専用にオフセットで重版してくださった白水社さんの判断は大きかったと思います。

 これが本当にすぐに完売しました。最初タワー積みで展開しまして、「じわじわ売れていくのかな」と話をしていたら、展開から数日経った頃にラノベ作家のSOW先生が店頭に見に来られて、大内から聞いた話をツイッター(現X)に投稿したところ「大バズリ」です。2日間ぐらいで最初の300部がなくなりました。

 そこで、書泉としてオンラインショップに力を入れていたこともあり、オンラインでの予約販売を大々的に開始しました。その結果、催事中の3月末までに予約数は1万2000冊までいきました。やはりオンラインショップで予約を取れたことが大きいですね。店頭販売だけではここまで伸びなかったと思います。

オンライン販売が商圏を超える

―オンラインショップへの注力は、昨年、手林さんが社長になられてからですか。

 僕が入社する前からここ1年、2年やってはいました。僕が来た時がおよそ月商1000万円くらいで、いまは2500~3000万円。「中世への旅」の時は最高で5000万円くらいまでいきました。

 リアルの本屋には商圏があります。オンラインは当然それを超えますし、当社は鉄道、アイドルのサイン入り写真集といった強いジャンルがあります。そういったジャンルは商圏を超えて、熱心なファンがいて、「中世の旅」もオンライン経由で探して購入いただけたのだと思います。あまりほかの書店さんでは持っていない商品を扱っていることの強み、その最たるものが今回の「中世への旅」でした。

―オンラインショップの物流は内製化しているのですか。

 同じアニメイトグループの中央書店が「コミコミスタジオ」というBL専門の書籍・コミックのEC事業を長く展開しています。受注システムからピッキング・発送まで内製化できているので、そこにお願いしています。

 今回の「中世への旅」は急にスポットで過大な注文がきてしまったので、中央書店さんが素早く別の物流拠点に再委託してくれました。

 物流はコストや作業の様子が見えにくくなってしまいがちなので、グループ内で相談しながらできることは大きなメリットだと思いますね。

―いまオンライン経由の売り上げはどれくらいですか。

 年間で大体2億円くらいです。書泉全体の売り上げが30億円超ですから、いまは10%いかないくらいです。「中世の旅」がオンライン売り上げの2割を占めていますが、今後もオンラインの比率をどんどん上げていくつもりです。

 今期末(8月)は2億円を超えて着地する見込みですが、気持ちとしては来期4億円ぐらいを目指したい。やはりオンラインショップ機能を持つことが大事だと、今回のケースで思いました。

 『騎士と城』の予約分については、当初、お客様への発送は5月以降としていましたが、少し早まり4月25日ぐらいから発送を始めることができました。その際、倉庫にたくさん梱包された『騎士と城』が積まれている場面をツイッターに投稿して、過程を見せることができたこと、それに発送を前倒しできたことでお客様の喜びが重なったことでも話題になりました。

 そこで『騎士と城』に続いて白水社さんと進めていた『中世の旅 都市と庶民』と『同 農民戦争と傭兵』を販売することも決まっていたので、チラシを同梱して購入者に「続編」の予約をお知らせできたのも効果的でしたね。それぞれ6000人強、合わせて1万2000冊以上のご予約をいだきました。その結果、販売数は7月31日時点でシリーズ累計2万9255冊(『騎士と城』1万5730冊、『都市と庶民』6881冊、『農民戦争と傭兵』6644冊)に達しています。

 なお『都市と庶民』『農民戦争と傭兵』の原本は四六判でしたが、企画段階で大内が「続きが欲しい人は判型も揃っていた方がよいので新書(白水Uブックス)にしてほしい」と要望し、白水社さんにご了解いただきました。

 なので『都市と庶民』『農民戦争と傭兵』はほぼ新刊といっていいと思います。最初の『騎士と城』は「書泉専用重版」でしたが、『都市と庶民』『農民戦争と傭兵』は「書泉専用新刊」であったことも大きかったですね。

 販売に関しては当社が加盟している書店協業会社「大田丸グループ」の大垣書店、久美堂に仲間卸しで提供しました。できるだけ多くの方に読んでもらうのが本望です。多くの読者に届けるには、一書店だけでは限界がありますから。

書泉グランデ入口に設けられた「中世の旅」コーナー

独自商材・イベントに注力エンタメ色強化で規模拡大目指す

 

「ここでしか売ってない」でブランディング

 

―この復刊企画を契機に始まった「書泉と、10冊」はどんなコンセプトですか。

 企画名を「書泉〝の〟10冊」ではなく「書泉〝と、〟10冊」にしたことにこだわりがあります。書泉からの一方通行ではなく、書泉と出版社さん、著者さん、そしてお客様と一緒に送り出す「1冊」としたいという思いです。

 場合によっては本だけではなく、動画とか映像との連動企画も考えています。いろいろな方と協力して売りたいし、読んでほしいものをお届けしたい。それは買い切り重版かもしれないし、我々が販売権を取得するやり方かもしれません。

 まず1冊目はやはり白水社さんの『鉄腕ゲッツ行状記』です。こちらの予約は933冊でした。今後販売する分も含め1400冊をお願いしました。第2弾はバスの資料集『バスジャパン・ハンドブック』。これは我々が販売権を持って自分たちで刷って刊行する、同人誌のような形になります。

 最新版はBJエディターズ(発売=星雲社)が刊行していますが、過去の復刻版を書泉で出すことを許可いただきました。すごくニッチなので、予約がどのくらいいくか読みにくいのですが、「書泉だったらやってくれるのではないか」とお客様に思ってもらえるジャンルもやるべきだと思っています。

 「10冊」とはいっていますが、いまの時点で10冊決まってるわけではありません。現在、順調に交渉が進んでおり、来年3月末までに10タイトルはいけるのでないかと思います。10タイトルを今後やらせていただいて、手応えがあれば書泉といえば「書泉と、10冊」をやってると思い出してもらえるようなブランディングがしたいのです。

―それを事業として見た場合、いままでの書店のやり方と少し違いますが、そのあたりの意義や効果をどのようにみていますか。

 〝ここでしか売ってない〟ものをどう作るかですね。本屋が新しいものを作ることはなかなか難しいですが、手に入りにくいものを手に入りやすくすることはできる。

 商圏は僕らの声が届く範囲なので、そこに届いたらあとは広く売っていただいて構いませんし、出版社さんも普通に重版してくださっていい。今回の白水社さんの流れもそのまま続くといいと思っています。

 最初に責任を持って買い取ったり、事前予約をしっかりとることは今後もやっていきますが、最後はその本が一番たくさん届く形にしていくことにこだわりがあります。

 あとはその本屋に行く意味、理由を考えたときに、「変なことをしている本屋」という位置づけが価値になると思います。この企画だけでなく、グラビアアイドルさんのイベントが年間300本以上あるとか、鉄道ジャンルの売り上げが全体の20%くらい、みたいな。

 今回のような復刊企画もありつつ、「書泉というエンタメ」にしていくことが、この後も生き残っていくためには必要なのではないかと思います。

「面白がってもらう」を突き詰める

―社長に就任されてまもなく1年になります。書泉は老舗ですが、経営的に厳しい時期があり、アニメイトの傘下に入りました。どういった可能性を感じられましたか。

 社長になる前は株式会社ベネッセコーポレーションでライツや版権を手掛け、キャラクターのライセンスでイベントをしたり、海外展開したりしていました。本屋はこれまで自分がしてきたこととは全然違うジャンルでしたが、書泉を面白い本屋にできると思って社長の公募に応募しました。

 業界の現状をみると、書籍流通は本がすごく売れている時はよく機能した仕組みでしたが、どうにもならなくなっています。そして多くの本屋がなくなってます。一方で、本屋は文化だから守らなければいけないと言ってくださる方もいる。いろいろな方が構ってくださる業界だと思います。

 既存のルールの中で頑張っても仕方がないとの思いはありますが、総取り替えするのはどの会社も難しい。であれば自分たちができる提案をしていく。少なくとも本屋を大事にしてくださる方が多くいるので、そこで僕らを「どう面白がってもらえるか」を突き詰めていくしかありません。

 経営的には効率化もしますけど、売り上げを上げることと、規模を大きくすることにこだわっていきます。いま年間売り上げが30億円超なので、50億円とか100億円という通過点を置きながらやっていきたい。まずは来期黒字にすることですが、現状の売り上げは昨年対比115%ぐらいで推移していますし、オンラインがそれなりに伸びてきているので、そこをしっかりやりきることが一つの突破口になります。

―最近、芳林堂書店東長崎店(6月末)とエミオ狭山市店(7月末)を閉店しましたが。

 全社での売り上げが伸びているから閉店を決めました。「町の本屋」の大切さもすごくわかってはいますが、経営的には伸びるところに人を集めて、しっかり収益をとって次のステップに進むという順番にしないとダメだと思ったからです。いま売り上げが伸びている書泉グランデ(神保町)、書泉ブックタワー(秋葉原)、芳林堂書店高田馬場店の大型店3店に人と資源を集中させます。

普段使いとエンタメ化バランスを見極める

 残っている小型店のみずほ台店(埼玉県富士見市)は、鉄道沿線にある「町の本屋」がどう生き残っていくかの検証がまだ足りないので、それをしっかりやっていきます。ここも「エンタメ化」がカギです。普段使いとエンタメ化のバランスがとれるのかどうかです。

 最近増えている個人書店などは基本的にエンタメだと思います。それはそれで意義があるし、長く続けてほしいと思っていますが、当社は個人事業ではなく会社なのでエンタメ化だけに振り切ることはできません。どのようなバランスでできるのかしっかりと見極めたい。

 いま、みずほ台店は鉄道関連書を少し厚めにした実験で相応に成果は出ています。それと女子の「推し活」は非常にマーケットが大きい。推し活はジャニーズだけでなく2.5次元、声優、アニメキャラクターもあるし、どこまで作り込めるか、5月ぐらいから店舗で展開を始めています。

 近所にある書店で購入するお客様にも、鉄道や推し活のマーケットはそこそこあるのではないかという仮説をこれから検証していきます。

 いま、ほとんどの町の本屋さんでコミック中心の傾向が強いと思います。私たちも売れるものをきっちり売ることは基礎体力としてやらないといけませんが、それだけだと厳しい。そうでない答えが見つかるかどうかです。

有料イベントの定番化に挑戦

 当社の大型店は昨対で伸びています。書泉グランデと書泉ブックタワーは好立地にあるので、町の観光化、エンタメ化にも乗っています。秋葉原のブックタワーはレジ通過の5%が外国の方です。英語版コミックもありますし、ゲームの設定資料集とか、お土産でメジャーなマンガの1巻が売れます。

 芳林堂書店高田馬場店はそれら2店とは様相が違うのでいろいろ試しています。いまは「お笑い」です。お笑い関連本とかイベントがたくさんある本屋は少ない。現店長がすごく好きなので、お笑いの本でイベントや仕掛けがあれば、最初に声がかかるお店にしようとしています。それとホラーも非常に熱心なファンが多いので、しっかり売っていきます。

 あとは東京の本屋さんは地方に比べて圧倒的にイベントがやりやすいし、サイン本が取りやすい。それらもオンラインと組み合わせていきます。

 グランデとブックタワー合わせて年間300超、高田馬場店も70くらいのイベントをしています。ブックタワーはイベントスペースを1カ所から3カ所に増やします。

 挑戦したいのは本の購入とセットではない有料イベントの定番化です。僕はコンテンツをタダで配るべきではないと思っています。そもそも、著名人のお話を1000円程度で聞ける場所はほとんどありません。本屋は集客しやすいし、著名人も本屋だと協力してくださりやすい場所だと感じています。

 様々な取り組みを同時並行ですすめてエンタメ色を強くして、書泉を「本屋に来る理由」がある場所にしていきます。

―これからの展開に期待しています。本日はありがとうございました。

手林大輔(てばやし・だいすけ)氏 1970年富山県生まれ。同志社大学文学部文化学科日本文化史専攻卒、1993年ベネッセコーポレーション入社、幼児向けの教育サービスに長く携わり、しまじろうのコンサートや各種イベント・施設、英語教育事業の立ち上げ、海外へのコンテンツ展開などを担当、2022年7月退社、22年9月より現職


 

白水社 「中世の旅」シリーズ 今春以来累計4万3000部 小林取締役「小規模出版社ならでは」

 白水社の「中世の旅」シリーズ3点は、書泉への専用重版・新刊刊行をきっかけに需要が顕在化したことで、書泉以外からの注文にも対応。今年春以来の累計発行部数は7月末時点で『中世への旅 騎士と城』が2万3000部、『都市と庶民』『農民戦争と傭兵』が各1万部の計4万3000部に達している。現在でも売れ続けており、いまも多くの追加注文が入っているという。

 同社の小林圭司取締役営業・宣伝部部長は、「今回の成果については、書泉の大内さんの熱意の賜物だと思います。当社は日頃から数百部ロット(ショートラン)の重版を行っているので、大内さんのご提案に即座に対応できたのは、小規模出版社ならではかもしれません」とコメント。

 ほかの書店などから買い切り専用重版など同様の提案があった場合、「今のところご提案はありませんが、あれば対応したいと思います」と前向きだ。ショートランの最低ロットは100部から可能だというが、原価率が高くなることから300部ぐらいからが現実的だという。

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