岩波書店は10月4日、2023~24年に刊行する新商品や新施策を発表する「新企画発表会」を東京・千代田区の如水会館で開催した。冒頭、あいさつに立った岩波書店・坂本政謙社長は今年、創業110年を迎えたことに触れ、「創業者同様、全社をあげて商売人に徹して、変わることを恐れずことにあたっていきたい。岩波書店という看板が培ってきたものを裏切ることなく、社会的な使命を果たしていきたい」との考えを示した。
「変わることを恐れない」
坂本社長のあいさつ(下記に掲載)に続き、山本賢執行役員編集部長が今後の新企画について、月刊誌『世界』のリニューアルについて堀由貴子編集長がそれぞれ詳細を紹介した。
1946年に創刊された総合雑誌の『世界』は、2024年1月号(23年12月8日発売)から大幅にリニューアルする。A5判296㌻、定価1045円(税込)、毎月8日発売。また、同号から電子書籍版の配信も開始する。
縦置きの新ロゴや雑誌キャラクターの誕生など、「より手にとりやすいデザインへと表紙を一新」する。一方、長めの記事でも読みやすい本文レイアウトを模索する。
内容も、政治・社会のトピックをはじめ、書評など文化欄を充実させる。作家によるリレー・エッセイも始める。新しい書き手を迎えて活発な議論の場をつくるとともに、「ジェンダーやAIなどこれまで大きく扱ってこなかったテーマに挑戦する」としている。
堀編集長は「世界がどう変わるか、女性や若い読者も自分に語りかけていると思える雑誌に、持ち歩きたい、そばに置いておきたいと思える雑誌にするために、デザインも一新する。もちろん外見と中身は表裏一体のもので、社会の多様性を反映する執筆陣に登場してもらう」などと紹介。
そのうえで、「もう一歩知りたい、今起きていることの背景や奥行きを知りたいに答えることが、総合雑誌の使命だと思っている。この雑誌の4000字、6000字、1万字を読めば、もう少し問題の見通しが良くなるような企画を用意していく。また、読者が知的なものを得て、活発な議論ができる場にもしたい」との思いを語り、「複雑な危機の時代に、それでも知りたい、社会をより良くしたいという青くさい願い、理想を心の片隅に抱えた人のための雑誌だ」と訴えた。
新書「新赤版」2000点突破
新企画のうち、岩波新書では「新赤版」が来年1月に2000点を突破することから、それを記念した展開に取り組む。1938(昭和13)年11月に創刊した岩波新書は、表紙・カバー色を「赤版」「青版」「黄版」と変えてきた。創刊50年を迎えた88年1月から現在の「新赤版」が始まった。2000点を突破する1月から増点し、政治思想・フェミニズム理論の第一人者である岡野八代氏の『ケアの倫理』など、強力な新刊を立て続けに刊行する。
故・大江氏の新刊も刊行
そのほかにも、今年10月20日、PR月刊誌『図書』での連載に大幅加筆した故・大江健三郎氏の新刊となる『親密な手紙』(968円・税込)を刊行。また、10月17日から『岩波講座 社会学』(全13巻)の刊行もスタートする。
1995年に刊行した『岩波講座 現代社会学』(全26巻・別巻1)から約四半世紀ぶりに新しいシリーズを出す。執筆陣も主に専門の社会学者に集まってもらい、「各領域の到達点を示す、現役の中堅世代から若手の書き手が中心となっている」という。同17日に第1巻『理論・方法』(編・北田暁大氏、筒井淳也氏)と第3巻『宗教・エスニシティ』(編・岸政彦氏、稲場圭信氏、丹野清人氏)を、12月14日に第12巻『文化・メディア』(編・北田暁大氏、東園子氏)を発売する。
2027年に創刊100年となる岩波文庫も、注目の新刊を投入する。「カント生誕300年」となる24年には、岩波文庫では初の全訳となるカント晩年の大著『人倫の形而上学』(第一部、第二部)などを相次いで刊行する。岩波現代文庫でも、10月13日に『日没』(桐野夏生氏、990円)を刊行。今後も、『さだの辞書』(さだまさし氏)や『名誉と恍惚(上・下)』(松浦寿輝氏)など注目作品を出す。
「プロモーション重視」を続ける
続いて、同社の販売活動について、永田淳執行役員営業部長が説明した。それによると、同社の22年度の実績は書籍・雑誌合わせて前年比94%だった。ジャンル別では、書籍は刊行点数を絞ったことなどから前年を割り込んだ。文庫や新書は堅調だったが、新書の既刊書が落ち込んだため、重点的に対策を講じるとした。
今後の活動方針も示した。「当社は近年、注目されている本をしっかりと動かしていくため、プロモーションを重視している。また、21年8月に倉庫を移転し、ポプラ社ロジスティクスに委託している。同時にシステムも変更しており、さまざまな場面で、すばやい流通のための最適化が可能になっている。そして、コロナ禍も過ぎ、これからも書店、販売会社の皆さんと対面でしっかりとお話しをしていきたい」との姿勢を強調した。
坂本社長あいさつ「創業者の精神に立ち返る」
このような会合も2019年9月以来、4年ぶりの開催となった。コロナ禍で対面でのコミュニケーションが難しい中、私自身も21年6月に社長に就任した。出版というものは、著者、取次、書店の皆さんとのフェイストゥフェイス、顔をつき合わせて話をすることから始まるということを実感している。
今年、当社は創業110年を迎えた。今年8月には岩波文庫の一冊として創業者の評伝『岩波茂雄伝』を刊行した。私も社長就任時にそれをあらためて読み直した。そこには確かに、高らかな理想と志をもって時代と向き合い、あふれる活力と情熱で事業に邁進した岩波茂雄の姿が描かれている。
今、出版業界はこれまでにない大変厳しい状況にある。それは実感としてだけでなく、日々接する数字にも表われている。だが、下を向いてばかりいられない。戦時の言論統制下という創業者が生きた時代の困難と、私たちが今直面している困難の性質はまったく異なるが、今一度、創業者の精神に立ち返って社の運営に取り組んでいきたい。
社長就任時のインタビューで「〝看板〟以外は全て変えるぐらいの気持ちで」と話したが、とかく岩波書店というところは、例えばこういった場所でも大所高所、天下国家を語りがちと多くの人は思われていることだろう。しかし、私はそのようなことは刊行物をして語らせればいいものだと思っている。私が語らなくても当社の出版物を手に取ってもらえれば、私たちの姿勢は理解してもらえると信じている。
問題はどのようにして、その刊行物を多くの読者に手に取ってもらうかということだ。そうでなければ、出版という事業を行っている意味がない。
創業者同様、全社をあげて商売人に徹して、新書を尊ぶ気風や商売人としての強かさを取り戻し、変わることを恐れず、ことにあたっていきたい。岩波書店という看板が培ってきたものを裏切ることなく、社会的な使命を果たしていきたい。
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