「占い」に真摯に向き合った半自伝エッセイ
「当たる、当たらない」だけではない占いの魅力
占星術研究家で数多くの著作を持つ鏡リュウジさん。20年前に上梓した『占いはなぜ当たるのですか』の増補改訂版を8月に説話社から刊行し、すでに3刷に達し好評だ。占いが嫌いで信じていない人、意識せず情報番組で自分の星座をチェックしてしまう人、占いに心酔している人など、人それぞれだろう。鏡さん自身、占いは非科学的で「当たらない」とまで言う。その発言の真意とは?また、なぜ小学生だった頃の鏡少年は、そんな占星術に魅了され、今もなお自身の生業としているのか。タイトルに込めた想い、一義的でない占星術の奥深さ、面白さについて話を聞いた。(聞き手山口高範)
占星術、占いの本を多数執筆する鏡さん。しかし、本書は鏡さんにとって、特別な意味があるという。
もう20年近く前に書いた本で、その後文庫にもなり、電子化しようという話もいただいたんですが、やはり電子版だとどうしても埋もれてしまう。
私は占星術のマニュアル本もいわゆる運勢を占う本も出していますが、占星術研究家という立場と、その一方で占星術などの占いに懐疑的である立場、その矛盾をたどっていくような、半自伝的な本は、後にも先にもこの本しかなく、私にとっても大切な作品です。ですから、電子版ではなく、もう一度、日の目を当てたいという思いもあり、日ごろからお世話になっている説話社さんにお願いしました。
占いがもたらす効能
自身の生業としながらも、占いに対して懐疑的だという鏡さん。その客観的であろうとする姿勢は、本書でも一貫している。
よく占い師の人は「なぜ当たらなかったんだろう。やり方が間違っていたのか」と考えがちですが、そもそも占いって当たらないんですよ。科学的に立証されているわけでもないし。プロの占星術家が12星座の「星占い」を「紛いもの」だと批判しますが、私から言わせれば、どっちもどっちです。詳細なデータに基づいているからと言って、正確で当たるわけではない。
でも占いをやっていると、見事にいろいろな要素がはまって、「当たる」瞬間というのがあります。やっぱり体感として占いは「当たる」んです。これは本当です。それは偶然かもしれないけど、「当たった」ことで、本来、関係ないと思っていたものが、生き生きとしたつながりを見せ、日々の生活を豊かにする。その「当たった」という驚きの体験こそが、占いの本質であり、面白さなんです。それがこの本のタイトルに込めた想いです。
だから「当たる、当たらない」とか「正解、不正解」とか、二元論で語るのでなくて、もっと柔軟に楽しめばいいと思います。「エビデンス」がないぞ、といったら急にバカバカしくなりますよね。そういう人は迷いなく科学の道を選べばいい。
熱心な占星術家だった科学者たち
1970年以降、占星術は多くの科学者からの批判の対象となり、メディアもそれを煽った。はたして科学と占星術は相いれないのか。しかし近代科学誕生以前、科学と占星術は区別されていなかったという。
占星術は半ば科学を「偽装」しているといってもいい。元をたどると、「予測不可能な惑星の動きは神々からのメッセージ」と考えた、古代バビロニアの星の宗教が出自ではあります。しかしその後、天体観測の知見が蓄積され、古代ギリシアあたりには、惑星運動が秩序を持っており、かつ季節や気象の変化との相関関係が分かってきた。そうなると天体と地球の因果関係を考えるようになり、結果、天候や農作物、戦争の行方などを予測するために活用されるようになりました。
それこそ、占星術が「おみくじ」に代表されるような、今なお神様や霊的なものとの交流ツールとして機能している他の占いと大きく異なる点です。そういった自然科学的な要素も強かったことから、発展し、近代科学の下地を築いたことは事実です。実際、コペルニクスやガリレオなど、近代科学の祖と言われる偉人は、みんな占星術を研究していました。ケプラーについて言えば、当時の占星術を批判し、「私が本当の占星術を見つける」とまで公言するほど。しかし、そのケプラーが発見した惑星運動の法則を引き継いだニュートンによって、占星術的な世界観が完全に葬り去られるという皮肉な結果にはなるんですが…。
▲現代において、占星術で使用するホロスコープ(星の配置図)は、パソコンで作成できる。しかしかつては、複雑な数式や微細な角度などを算出する必要があった。
ユング心理学の共通項
易経などの哲学的かつ表現豊かな解釈に比べ、占星術は平坦で、かつ貧困な解釈しかされてこなかった。しかし20世紀に入り、その風景は大きく変わったという。
17、18世紀までの占星術は、古典期以来の哲学や数学とも不可分で、極めて高度な知的行為であった一方、実際の生活に応用するとなると、恋愛や結婚、健康によくないといった、極めて平面的で貧困な解釈しかされていなかったんです。しかし「心理占星術」が登場した1930年以降、人間の心象風景に寄り添うような表現がされるようになりました。
心理占星術を語るとき、心理学者ユングなくして語ることはできません。ユングは近代の知識人で唯一、占いに本気にコミットした人物です。実は占星術とユング心理学は、とても近しく、目に見える体系化されたものを比較すると共通点が数多く見いだせる。
もう少し掘り下げると、実は両者とも同じ思想的な潮流から生まれてきていると。世界の本質、いわゆるプラトンが言うところの「イデア」ですが、それが投影する現象をわれわれは目にしていて、占星術家はその背景を透かし見るために星を使う。そういった古代からの発想を、現代の心理学に置き換えたのがユング心理学なんです。
ユングもおそらくその点においては、自覚的だったのではないかと思います。実は最近になって、ユング自身が直筆で書いた自分のホロスコープ(占星術の際に使用する星の配置図)が出てきて。これはわれわれにとって、とても衝撃でした。
ユングは自分のホロスコープを作成していただろうというのは通説だったんですが、今回、その証拠が出てきた。実際にユングの書簡などを読んでいくと、むしろ「伝統的な占星術がユング心理学形成に影響を及ぼしている」ということが分かってきて、とても興味深いですね。
知的好奇心を刺激する占星術
歴史や自然科学、心理学の見地から「占星術」を知ろうとする行為は、知的好奇心を刺激する。それもまた占いの楽しみ方だと鏡さんは言う。
アンチ占星術から入ってもいいんですよ。それは易経だっていい。いずれにせよ、歴史ある伝統的な占いを研究するということは、ライフタイムホビーに最適です。そういう楽しみ方だってある。実際、そういったことを研究し始めると、いろいろと枝葉が広がって、好奇心がどんどん枝を伸ばす。とても刺激的でエキサイティングな知的活動です。
今はSNSやユーチューブなどで活躍する、セミプロのような占い師の方が増えています。本気でやろうとして、つい「なぜ外れてしまうんだろう」と深刻に考えてしまう人、そういう人は、占いを客観的に見ることができていないんだと思います。
一方、占い師と言いながら、占い自体を軽く考えがちな人、こういう人はもう少し勉強して、真摯に向き合ってほしいと思っています。いろいろなタイプの占い師の人たちが活躍しており、その風景はこの本を初めて世に送り出した20年前とは大きく変わっています。だからこそ、本書は今の時代に即していると思いますし、占いとはそもそも何なのか、ということを再考察するきっかけになればと思います。
四六判/492㌻/本体1800円
鏡リュウジ(かがみりゅうじ)
占星術研究家・翻訳家。1968年京都府生まれ。国際基督教大学大学院修了。英国占星術協会会員。京都文教大学・平安女学院大学客員教授。著書に『占星術の文化誌』(原書房)、『鏡リュウジの入門シリーズ』、『占星術夜話』(説話社)ほか多数。
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