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インタビュー

『護られなかった者たちへ』『境界線』(NHK出版)/中山七里氏に聞く

「生活保護」、「震災復興事業」、「個人情報流出」
社会問題をテーマにしたエンターテインメント小説


撮影:平岩享

 佐藤健主演の映画「護られなかった者たちへ」が、今年10月1日に公開となる。その原作と続編『境界線』を手掛けた中山七里氏。昨年、作家デビュー10周年を迎えた際、毎月新刊を出し続け、連続12作品を出版するなど、今年で還暦を迎える年齢でありながら、精力的に作家活動を続ける。「自身が書きたいもの」ではなく、「読者が求めているもの」を書き続ける中山氏。一貫したその姿勢は「売れる本」ということに対し、ストイックであり、プロフェッショナルだ。自身の作品と作風を「マジョリティでありながら、マイノリティの心に寄り添う」と表現する中山氏に話を聞いた。(聞き手 山口高範)

コロナ禍だからこそ読んでほしい

「護られなかった者たちへ」は、コロナの影響で延期が続いていたが、ついに今秋に映画公開となる。

 『護られなかった者たちへ』は生活保護をテーマに、社会的弱者を取り上げた作品です。コロナの影響で、非正規雇用者をはじめ、経済的に困窮する人が増加し、二極化がより顕在化しました。
 映画は延期が続きましたが、むしろこの作品のテーマと、コロナ禍での今のこの状況が合致したと言えます。決して後味がいいとは言えないですが、この状況下だからこそ、読んでほしい作品です。

1作目、2作目ともに宮城県警を舞台にした小説で、それぞれ社会的問題をテーマとして扱っている。

 『護られなかった者たちへ』は、河北新報での仙台を舞台にした連載のオファーをいただいたのがきっかけだったのですが、その河北新報の記事で、生活保護受給者が仙台に集まっているという記事を見たとき、これをテーマに書こうと思いました。
 その後、NHK出版の編集担当の方から続編執筆の依頼をいただきました。前作の狂言回し役を担っていた笘篠(とましの)の設定を踏襲して、「東日本大震災」の行方不明者を物語の軸にしようと、いろいろ調べていたところ、震災から10年近く経過しているのに、いまだに死亡ではなく、行方不明者として名を連ねている人が多いことを知りました。
 一方で、以前から戸籍を売る商売があることは知っていたんですが、ある新聞記事で市役所から流れてきた個人情報のハードディスクを転売した事件の記事を読んで、それらが結びついて、『境界線』のストーリーが出来上がりました。

エンターテインメント小説の理想

エンターテインメント性を何よりも重視するという中山氏。しかし2作と他の作品とでは、少し趣きが違うという。

 当初、担当編集者からの依頼内容は、1作目は「どんでん返しでなくていい」、さらに2作目は「ミステリーでなくていい。人間ドラマや物語に比重を置いた作品を」というものでした。ですからこの2作は、他の作品とは異なり、人間ドラマやテーマ性を重視し、技巧を凝らすことは極力やめようと思って書いた作品です。
 2作目で目指したのは、松本清張を意識した作品で、ミステリーというより、むしろクライムノベルに近い。ですから、ミステリーを期待して読まれた読者に対し、不誠実かもしれないと思ったので、冒頭で気づかれないような伏線を張っています。そうすることで、ミステリーとしての仁義は切らせてもらいました。2作ともいわゆる王道の本格ミステリーではないかもしれないですが、それでもしっかりミステリーとして成立させたという意味では、自身の作風を広げてくれた作品でもあります。
 長編小説では、「物語の最初と最後で世界が変わる、もしくは主人公が変わる」という法則の手法があります。そのどちらかでないと、読者はカタルシスを得られないんです。そうすることで「面白かった」という読後感を読者に提供できる。この2作品も、もちろん「面白い」を第一義に書いています。
 小説、特に重いテーマを扱う作品は、「面白い」からこそ、何か心に引っかかりを残すことができる。「面白い」からこそ、虚構を通じて真実を「記憶」として読者にとどめてもらうことができる。それこそがエンターテインメント小説の理想だと、私は思っています。

2作品とも主要人物だけでなく、わずか数ページしか登場しない人物もきめ細やかに描かれている。

 これらの作品に限らず、主人公については、ある種のマイノリティであり、さらに何かしら「欠けている要素」を持たせるようにしています。
 矛盾を抱えている人物は、とても魅力的です。人間は決して一面的ではなく、あらゆる角度から見ると、見え方が異なります。主人公に限らず、登場人物を多面的に描くことで、その人物像が立体的になり、物語もより重層的なものになります。
 特に『境界線』では、矛盾を抱えた人物を二人の視点から描いています。その視点の違い、落差を見せることで、人物像を浮き彫りにする。そうすることで、その人物により共感を得てもらえるような構成にしています。

あるときは横溝正史、あるときは松本清張

細かな設定、共感してしまう人物像、計算された伏線…読者を楽しませる作品を出し続ける中山氏は、「自分の書きたいと思うものは書きたくない」と明言する。

 読者が何を求めているか、ということは常に考えています。「自分の書きたいものを書こう」とすると客観性が失われます。そうなると市場や読者に受け入れられるか、という一番初めの大事なステップを踏み外してしまいますから。
 一定の実績、つまり売れる作品を出さなければ、作家としての明日はないと思っています。そのために本格ミステリーもヒューマンミステリーも手掛け、あるときは横溝正史に、あるときは松本清張になる。とにかく手数を増やさなければ、作家としてやっていけないという危機感はあります。

「読者が求める作品を」。それは編集者との打ち合わせの時から始まっている。

 私は担当編集の方と、趣味や世間話など仕事以外の話をよくします。それは彼らが私の作品に何を求めているかを知るためです。私は彼らにとって、数ある担当作家のうちの一人です。多くの作家、作品を担当する中で、今、私がどういう作品を出せば、市場でどういう結果になるのか、言ってしまうと、どれくらい売れるのかということを、彼らは経験則で知っています。
 そのため編集者の趣味趣向を知るということは、作家としてとても大切なことだと思います。

小説家としての赤信号

音楽や映画が好きだという中山氏。しかしそれはプロの作家として、インプットを重視しているからだ。

 音楽を聴きながら執筆しているんですが、音楽に限らず、映画などあらゆるジャンル、特に流行のものは触れるようにしています。
 ちなみに今は「YOASOBI」をヘビロテで聴いています。今年で還暦になりますが、新しいものを吸収しないと小説家として恐怖を感じるんです。世間で支持されているものに、自分自身が共感しなかったら、それは赤信号です。インプットの仕方を常にアップデートしていかないと、今の時代にあったアウトプットはできないと思っています。

▲愛用しているヘッドホン

▲フィギュア模型が並ぶ書斎

書店員にも中山氏のファンは多いことだろう。最後に書店へのメッセージを聞いた。

 書店は「ワンダーランド」。常に出会いがあります。著名な作家の本を買いに来て、隣にある別の本を見て世界が広がる。この時期だからこそ書店に頑張ってほしい。本は不要不急のものではなく、「心の糧」です。


四六判/384㌻/定価1760円

四六判/304㌻/定価1760円

中山七里(なかやま しちり)

1961年生まれ、岐阜県出身。『さよならドビュッシー』にて、第8回「このミステリーがすごい!」大賞で大賞を受賞、2010年に作家デビュー。2020年に作家デビュー10周年を迎えたことを記念し、12カ月連続で新作を刊行。著書に『護られなかった者たちへ』、『境界線』、『総理にされた男』、『連続殺人鬼カエル男』、『贖罪の奏鳴曲』、『合唱 岬洋介の帰還』ほか多数。

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