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インタビュー

「本所おけら長屋」シリーズ(PHP研究所)/畠山健二先生に聞く

江戸っ子の生き様をプレゼンする
現代人に求められる時代小説

 シリーズ累計150万部を超える大人気時代小説「本所おけら長屋」シリーズの最新18巻が3月23日取次配本予定で刊行する。著者の畠山健二先生が、今回は実にオーソドックスな「おけら長屋」らしいエピソードになったと語る最新刊、そしてシリーズ全体を通じて描いてきた「おけら長屋」からのメッセージとは。 (聞き手 野中琢規)

おけら長屋らしい最新巻

 18巻目となる今作は、ファンに安心して喜んでもらえる「おけら長屋」らしい作品になったという。

 16巻でミステリーとかもやりましたけど、今回はオーソドックスに「おけら長屋」らしい話をやろうかなと。登場人物たちも増えてきたので、ここらで最近出番がなかったキャラクターたちに出てもらおうというのもありました。
 1話目の「あやつり」は、ファンも多い人気の殿様、高宗をリクエストに応えて。また、彼の奥さんの玉姫も、今まで名前は出ていましたが今回、初登場しました。
 続く「たけとり」では、魚屋の辰次が久しぶりの出番です。この人が出てくると、お決まりのパターンとして必ず失恋するのですが、これまでとはひと味ちがった作品になっています。

各話の流れも意識する畠山先生。3話目には、流れを変えるためにコメディ調の話を置くことが多い。

 次の「さいころ」は、分別があっていつもしっかりしている老人三人が、同じ女性を好きになって一騒動起こります。これは僕自身、こんな風に「ジジイになっても面白くありたい」という気持ちがあって書きました。寄せでいうところの「膝代わり」で、大トリの前に出てくる笑える話です。
 振り返ると、ここまでの3話はみな恋愛にまつわる話ですね。18巻のテーマははっきりと決めて書いたわけではないけれど、色恋のエピソードが多かった。一方で、最終話の「きんぎん」は恋愛ではなく、仲間たちの友情や別れのせつなさを表すシーンを、力を入れて書きました。個人的には読後に余韻が残る展開が好きなので、この話を最後に持ってきたんです。

いつでも入って楽しめる世界を

シリーズでは、季節感を出さず、前置きもなしでいきなり物語を始めることがお決まりだ。

 これは自分なりのサービスで、読者がいつでも「おけら長屋」の世界に入りやすくしています。
 自分は「おけら長屋」を難しい文芸作品として書いているつもりもないですし、そもそも書けるとも思っていません。人はもっと単純なものを求めているのでは。
 それなら自分が読みたいと思えるものを書く、そして得意とするセリフ回しや物語の展開に全てをかけた方が良いものが書けるだろうと考えたんです。そうやって現在150万部まで来ているということは、喜んでいただけている読者も相当数いるんだろうなと思いますね。

小説で一番大事なのは面白いかどうか。読んでいて飽きさせない工夫を随所に盛り込む。

 それぞれの話は長編にしようと思えば十分できる題材なんですが、読者としてはいろんな話が読める方が楽しいかと断腸の思いで詰めて削って、1巻4話構成にしているので、その分、各話が濃いものになってるんではないかなぁ。
 やっぱりここまでくると話のネタはなくなってきます。時代劇などを見ていても、だいたい10何個のパターンで回している。でも長年付き合ってくれている読者の皆様は、「おけら長屋」の登場人物たちに半年に一遍会うことを楽しみにしてくれているので、産みの苦しみを味わいながらも、3月と9月の年2回、刊行できています。

笑いの境界を見極める

「おけら長屋」には「笑い」の要素が多く含まれているが、笑わせることが最も難しいのだという。

 笑いには人を揶揄したりだとか、くだらないことをやったりだとか、そういう表現が難しい要素があるので、それを嫌な感じがしないように気を付けてはいますが、「大笑い」するというのはそのギリギリの部分なんですよね。その境目がものすごく難しくて、物足りないな、というのでもう一歩踏み込んだら行き過ぎることもある。
 ある程度の批判は覚悟していますが、最初はあまり気にし過ぎずに書いて、そのあと編集と相談して直したりしています。

現代では表現が炎上することも多いが、「おけら長屋」では狙い通りに伝わった部分もある。

 メインキャラクターに金太という人物がいるんですが、現代で言うところの発達障害で、結構彼を長屋のみんなでからかうんですよ。でも、その件でクレームが来たことは一回もない。それは、登場人物たちが彼を仲間に入れているからなんですね。
 現代では、敬遠されるかもしれないことでも、おけらでは思いっきり関わっていく。今回の「きんぎん」もそういう話で、金太を利用することもあるんですが、仲間で家族だという意識があるから、ピンチの時にはみんなで一緒に戦うし、守る。
 それで今まで文句が一個も出なかったので、日本もまだまだ大丈夫だなと思いました。みんな嫌な気がしなかったんでしょうね、読んでいて。変な気遣いも全くしてないのが、読者の方にもわかっていただけて嬉しいな、と思っています。

普遍的な問題を江戸の人間力で解決

小説では人間の業や性から生じる普遍的な問題をテーマとし、その解答も描いている。

 現代社会は法律やルールが変わっただけで、人間の本質は昔とまるで変わっていない。だから読者の皆さんも物語に共感して入り込めるんですね。
 「おけら長屋」のいくつかある裏テーマのひとつは「人間力」です。ハラスメントなど誰かが介入しなければならない問題は、人類史上ずっとありました。現代ではそこに法律などが介入するわけですが、どうやってそれを当事者間で解決、もしくははぐらかして生きていくか。
 第2話「あやつり」にも現代のDV被害のような、暴力を振るう男性とそれを許してしまう女性が出てきます。そんなときは女性がしっかりと、甘える男性を突き放す必要もありますし、まわりの人たちはどのように手助けしたらよいかという問題提起もしました。

どんな時代でも同じような悩みを抱える中で、畠山先生は江戸っ子が持つ価値観を当てはめると、世の中上手く回ることもあるのでは、と語る。

 江戸時代なんて今よりもっとすごい格差社会でしたが、長屋暮らしの貧乏人たちも、彼らなりの矜持というものを持って、その中でどうやって楽しく生きていくかということを考えていたんでしょうね。
 江戸っ子の価値観は本当に馬鹿馬鹿しいものもあるんだけど、その中で現代でも見習った方がいいと思うのは「粋と野暮」。野暮というのは執着が強いこと、粋っていうのはその逆で、諦めるべきときに潔く諦められることですね。江戸っ子にとって粋だねぇと言われることは最大の賛辞で、だから痩せ我慢してでも粋に見せるんです。
 現代はつまらないことに執着して見栄を張ってトラブルになることもありますが、何か起こったときにも粋か野暮か、そして人情で判断した方が上手くいく場面も多いと思いますよ。

「おけら長屋」の掲げるテーマは「品行が悪くても品性が良い」ことだという。

 友達にいて面白いのは、いつも馬鹿やってるんだけど、人を裏切ったり騙したりは絶対にしない人。「おけら長屋」に登場するのはそういう人たちばかりで、それって見ていて面白いし気持ちがいいんですね。  
 一方、現代ではその要素が逆転してしまって、「品行はいいのに品性が悪い」人間ばかりが目立つようになってしまった。外面はいいんだけど、裏で何やっているかわからない。そんな人が多くなっていると、みんなわかっているんですね。
 その意味では、守るべきところはきっちりと守る、そんな人たちはどうですか?というプレゼンテーションを小説上でしているような面もあります。それを現代を舞台にした話でやると臭かったりもするんですが、舞台が遠い江戸時代の貧乏長屋でやっているから受け入れやすいのでしょう。
 読者からも「おけら長屋に住みたい!」という声は多いので、現代の皆さんもそういった生き方や矜持を持っている人に飢えているのかな、と思いますね。

書店員の矜持に感謝

日本で一番書店を巡っていると自負する畠山先生。今後もお見捨てなきようとのお願いと共に、書店への感謝とエールを送る。

 「おけら長屋」は本当に、全国の書店員さんの応援のおかげで成り立っているシリーズです。
 今は本が売れない時代と言われますが、売れる本も当然あるわけで、それをしっかり作って、売っていくしかない。そうしなければ本も読まれなくなってしまう。人間を形成する上でとても大事な役割を担ってきたのが本であり、書店員の方々はそれを届ける重要な役割を果たしているんです。
 大変なことも多いと思いますが、これからも文化を担っているという矜持を大事にしていただきつつ、ひきつづき「おけら長屋」への応援をお願いします!


▲メモや資料を見ながら執筆を進める畠山先生


『本所おけら長屋(十八)』


文庫判/304㌻/定価770円

畠山健二

1957年、東京都目黒区生まれ。墨田区本所育ち。演芸の台本執筆や演出、週刊誌のコラム連載、ものかき塾での講師まで精力的に活動する。著書に『下町のオキテ』(講談社文庫)、『下町呑んだくれグルメ道』(河出文庫)、『超入門!江戸を楽しむ古典落語』(PHP文庫)、『粋と野暮おけら的人生』(廣済堂出版)など多数。2012年、『スプラッシュ マンション』(PHP研究所)で小説家デビュー。文庫書き下ろし時代小説『本所おけら長屋』(PHP文芸文庫)が好評を博し、人気シリーズとなる。

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