性差別をしない大人になるために
弁護士ママが考える子育て論
8月下旬に刊行する女性弁護士・太田啓子氏の『これからの男の子たちへ 「男らしさ」から自由になるためのレッスン』は、アマゾンランキングでも上位を占めるなど、発売前から話題となった。本書では、子どもたちを取り巻く性差別的な文化や表現に警鐘を鳴らす。自身も二児の母親でもある太田氏に話を聞いた(聞き手:山口高範)
発売前に火が付いた背景
7月上旬の太田啓子氏による告知ツイートが計60万PVを突破。アマゾン総合36位、ジェンダー部門1位にランクインするなど、発売1カ月以上も前から大きな反響を呼んだ。
改めて多くの人にとって、とても関心の高いテーマなんだと思いました。やはりみなさん、セクハラ・性暴力や性差別にうんざりして、次世代に継承してはいけないと感じていたんだと思います。女性誌でも、子育てにおけるジェンダーバイアスや「子どもが性差別的な発言をしないために」といったテーマが特集されるなど、世間の関心が高まっていました。
でもその一方でとても公言しづらいテーマでもある。だからこそ、多くの方が「もやもや」とした気持ちを抱えていたのではないか。そういった背景もあって、今回、これだけの反響があったんだと思います。
「男らしさ」「女らしさ」を強要する社会
性差別に異を唱える太田氏が、なぜ「男の子」に限定した育児書を書いたのか。そこに自己矛盾はなかったのだろうか。
周囲の環境が、無意識のうちに「女らしさ」「男らしさ」を刷り込んでくるような社会では、男女ともに自然とそれを内面化してしまう。そして、社会から男の子に対する要求と女の子に対する要求は明らかに異なる。だから、男女それぞれの子育てにおいて意識すべき点、注意すべき点が違ってくるのは当然のことです。
そういった環境のなかで、女の子向けのメッセージは、比較的、世の中にたくさんあります。ジェンダーが社会的な問題として問われる中、女の子は直接的な不利益を受けやすいので、性差別に立ち向かうための言説も一定存在する。一方、男の子には、性差別のもう一方の当事者なのに、それを意識するようなメッセージがとても少ない。ジェンダーによる抑圧は、男の子にとっても生きづらさの源になりうるのに。
私自身、小学6年生と3年生の息子を育てる二児の母でもあります。家庭内でいくら性差別に意識的であったとしても、息子たちが成長し、家庭の占める割合が小さくなるに従って、社会が要求する「男らしさ」の圧力に強く影響されるでしょう。だから社会全体の価値観をアップデートしていかなければ、次の世代に問題が引き継がれてしまう、という一人の母親としての危機感もあります。
▲章扉のイラスト(画・マシモユウ)
メディアでの「性」の描かれ方
日本社会は性差別への意識において未成熟で、それは男の子たちが触れるテレビやマンガにも顕著だと太田氏は語る。
子どもと社会の接点はいろいろありますが、やはりテレビやマンガの影響はとても大きい。性に対するリテラシーがない子ども向けのコンテンツで、いわゆる「オネエキャラ」がギャグとして扱われたり、「のぞき」などの行為が「ちょっとエッチなネタ」として描かれることが気になっています。
それは本来であれば、性暴力や人を傷つける行為なのにも関わらず、笑いにしてしまうのはとても危険です。そうした表現を無自覚に受け入れてしまうと、それによって傷つく人がいると気づけない。大人向けのメディアでも、性犯罪の被害者を性的なまなざしで見たり、痴漢を猥談のように扱う記事などがしばしばあります。現実の性被害は、被害者の心に大きな傷を残す行為なのに、その重大さを軽視する捉え方につながらないでしょうか。
メディア上で性を描くなと言っているわけではなく、性に関して人を侮蔑することを笑いにしてほしくないし、性暴力に類する行為に「エロ」という記号を付与しないでほしいのです。表現者には、自分の発するメッセージが子どもの意識にどういう影響を与えるかを真摯に考え、モラルをもってほしいと思います。
親も完璧な存在ではない
それでも太田氏自身も「男らしさ」「女らしさ」の社会的なしがらみは、拭いきれないと言う。では大人は、親世代はどうしていくべきなのか。
女の子と男の子が生まれつき本質的に違うとは思いませんが、社会からの扱いが現実として違うのを無視するのも合理的ではないと思います。例えば、お風呂上がりの子どもがバーッと足を開いていたとしますよね。私もおそらく自分の子どもが女の子であれば、息子以上に「それはやめなさい」と言うと思う。「女の子なんだから」とは言いませんが。それは女の子のほうが性被害を受けやすい現実があるからです。そんな社会がおかしいのですが、やはり現実には警戒せざるを得ない。世の中の接し方が違うことを無視して、男女でまったく同じにしようというつもりはありません。
親も完璧な存在ではないし、差別や矛盾のある社会で生きているわけですから、子育ての上でも矛盾が発生する場面ってあると思う。そのときはちゃんと理由を説明して、親も謝ってしまうことが大事です。親にも「弱み」や「間違えることもある」ことを見せる。そうすることで、子どもも間違いを謝るようになるし、自分の認識や価値観をアップデートすることを恐れないようになると思います。
「有害な男らしさ」の弊害
本書に関心を抱くのは、「男の子」たちの親世代だろう。それはもちろん母親に限らない。ではその男親である父親に対して、太田氏はどう思っているのか。
男性の中にも、この社会に生きづらさを感じている人は多いと思います。本書の中でも、米国の心理学者が提唱した「有害な男らしさ」について触れていますが、「弱さを見せない」とか「動じない」、ときには攻撃的な言動すら肯定する、それが「有害な男らしさ」です。今でも日本の企業や組織には序列型の文化をもつところが多いですが、そこで社員に求められるのは、いまだにその類の「男らしさ」です。
仕事にすべてを捧げるような生き方に疑問をもち、家事や育児の分担にも柔軟な30~40代の若いお父さんたちこそ、組織から求められる働き方や生き方のモデルとの間で、どう振舞えばいいのか、葛藤や選択を迫られる機会が多いのではないでしょうか。押しつぶされないためには、同じ思いを持っている男性同士の横のつながりを持った方がいいと思いますし、そこに希望があるように思います。
そうした男性特有のしんどさもありつつも、性差別がある社会のもとでは、やはり男性は「特権的な立場」でありマジョリティです。これからの男の子や若い男性には、その特権を自覚した上で、性差別や性暴力をなくすために、女性と一緒にたたかってほしいのです。とりわけ、企業のトップや経営層の男性には、率先して性差別をなくす取り組みをしてほしいと願っています。
男の子、女の子、その親、経営層、あらゆる層にメッセージを送る太田氏。この本をどんな人に読んでほしいのか。
高校生や若い男の子に読んでほしい。なぜならこれから社会を創っていく世代だから。でも私が言っていることがすべて正しいとも思っていないんです。ひとつの提言というか、いろんな人の「もやもや」を代表して口火を切っただけで、ここからみんなで議論する場、考える場が生まれればと思っています。本書がそのきっかけになってほしいですね。
太田啓子(おおたけいこ)
弁護士。2002年弁護士登録、離婚・相続等の家事事件、セクシュアルハラスメント・性被害、各種損害賠償請求等の民事事件を主に手掛ける。明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)メンバーとして「憲法カフェ」を各地で開催。2014年より「怒れる女子会」呼びかけ人。2019年には『DAYS JAPAN』広河隆一元編集長のセクハラ・パワハラ事件に関する検証委員会の委員を務めた。
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