新法論争は「表現の自由」を問う前哨戦
貧困女性をテーマに執筆を続ける、ノンフィクションライター・中村淳彦氏の新刊『同人AV女優 貧困女子とアダルト格差』(2月28日搬入)が、祥伝社新書より刊行される。AVで生計を立てている女性たちの人権擁護を目的に、昨年に制定された「AV新法」は、実態に即さない規制がゆえに、多くのAV女優や風俗嬢から反対の声が上がっている。AVの存在を認めないフェミニストも交えて「AV新法」を巡る論争は、誹謗中傷が飛び交い、泥沼の様相を呈している。一方、そんな論争を尻目に、Z世代を中心とした「同人AV女優」らが台頭するなど、いまAV業界は大きな岐路に立たされている。「AV新法論争は、表現の自由を問う前哨戦」と語る中村氏に話を聞いた。
(聞き手:山口高範)
AV女優の内面に踏み込む
成人雑誌のライターとしてデビューした中村氏。依頼を受けたAV女優のインタビュー連載企画で、AV業界の禁忌に触れる挑戦に出る。
私が大学在学中の90年代はサブカルブーム最盛期で、ライターという職業は非常に人気がありました。でも私は落ちこぼれの大学生で、カルチャー雑誌ではなく、成人雑誌のアルバイトとしてライターデビューをしました。
私含め3人しかいない会社だったんですが、当時の社長が「経営に注力したい」ということで、彼が担当していた連載などを「中村くんはやる気があるから」という理由で、引き継がせてもらいました。
ちょうどライターの仕事に就いて、2年くらい経ったころだったでしょうか。『オレンジ通信』という成人雑誌から、「AV女優のインタビュー連載をしないか」という依頼が来ました。当時、『ビデオ・ザ・ワールド』というメジャー成人雑誌で、同じくAV女優のインタビュー連載企画を担当していたのが大御所の永沢光雄先生で、私がその対抗馬として連載を任されたんです。永沢先生に比べ、駆け出しの私はあえて「なぜAV女優という職業を選んだのか」という、女優の内面に踏み込む企画で連載を始めました。
当時、AV女優が成人雑誌などに登場する場合は広告塔として、いわゆる「性の趣向や男性遍歴、経験人数」など、「商品としての自分」をPRすることが常識で、個人的な背景や事情について語ること自体、所属プロダクションからも厳しく規制されていましたし、そもそも情報規制に厳しいAV業界で言えば、かなりの禁忌でした。
そのため、私の連載企画は業界内でも賛否両論を呼び、関係者からの誹謗中傷も少なくありませんでした。一方で一般読者からの反響はとても大きく、『オレンジ通信』が廃刊となる2009年まで連載を続けることができ、その後『名前のない女たち』として書籍化されるに至りました。
今では貧困をテーマにしたノンフィクションライターとして活躍する中村氏。成人雑誌のライターが、なぜ貧困をテーマにするに至ったのか。
AV女優や風俗嬢などへの取材を重ねるうちに、彼女らの境遇と日本の経済状況がリンクしていることが分かってきたんです。特に顕著だったのは、2003年から04年にかけて。非正規雇用に関する法令と、奨学金制度の見直しに関する法令が制定されたことを機に、風俗などの仕事に従事する女性が増加していたように感じます。貧困を語るうえで、性で生計を立てる女性を無視することはできません。経済的に困窮した女性の話を聞いているうちに、扱うテーマが徐々に日本国内が抱える貧困問題にシフトしていくようになりました。
「AV新法」制定による歪み
2022年制定の「AV新法」。かつての劣悪な条件で従事させられている女優陣の人権を守ろうと施行された。しかしその女優ら自身が、新法反対を表明している。
かつてのAV業界は、男性が作ったシステムのなかに女性が放り込まれ、騙され、搾取され、ジャーナリズムを立ち入らせない村社会の中で、外部からの情報は徹底して遮断されていました。2015年以降、出演強要など業界内の異常な状態が社会問題化し、AV人権倫理機構の主導で業界の健全化に向けた取り組みが始まった。制作から販売まで、すべてAV人権倫理機構の方針に賛同する業者で行う「適正AV」という取り組みです。そうした中、今回の新法ではさらに強力な規制が課された。
しかしそれは国会議員や人権団体が、かつてのひどい状態であった昭和や平成のときのAV業界を掘り起こしたもので、今の時代にあまり即していない。実際にAVで生計を立てていた女性は、その強い規制により活躍の場を失い、まともにルールを守っていたら生活もできない状況になっていて、新法反対を表明している人がたくさんいる。
一方AVメーカー側も新法制定の影響のみならず、アダルトコンテンツの販売網において、それこそ「適正」な販売業者である巨大プラットフォーマーがほぼ寡占状態になっていて、劣悪な条件での取引を余儀なくされている。ですから今のAV業界は、青息吐息の状態です。
新法制定は、賛成派と反対派という単純構造ではなく、反対派同士も対立し合う三つ巴の状態にある。現在のこの動向について「AV業界内に留まらない」と中村氏は指摘する。
新法制定を背景に現在、反対派のAV女優や風俗嬢と、賛成派の国会議員、さらには同じ反対派のフェミニストらが、それぞれが互いに誹謗中傷し合い、完全に泥沼化している。
そもそもAV新法で現役AV女優側についている人は、「表現の自由」を掲げるが、同じ反対派のフェミニストは、現状ではかなり偏っていて、「女性を守る」という大義名分のもと、AVや風俗業そのものを否定する。
そうなれば、ことAV業界や性を生業とする人に留まることなく、その他業界やそこに従事する人にも波及し、表現の自由やその人たちの生活自体を脅かしかねない。そこに危機感を感じている人は非常に多く、「AV新法」を巡る今のこの状況は、あくまで前哨戦であり、代理戦争とも言えるでしょう。
「息を吸うように」売春をするZ世代
一方、そんな喧噪を尻目に、Z世代を中心に増加しているのが、プロダクションに所属することなく活動する「同人AV女優」だ。
本書は、担当編集者の「デジタル化によって、女性の貧困化に拍車がかかり、さらに格差が広がっているのではないか」という仮説に端を発しています。確かに風俗嬢もAV女優も収入が大きく下がっている状況ではあったので、当初は今と昔を対比するような構成になると想定していました。
しかし、いざ取材を進めてみると、デジタル化が大きなうねりを生み出していて、Z世代を中心に、プロダクションに所属せず、SNSを通じて、個人で数名のスタッフらを募り、撮影・制作する同人AV女優や、見込み客の男性を自身のファンクラブに誘引する女性らが、主に団塊のジュニア世代をターゲットに、荒稼ぎしている状況が見えてきた。
彼女らは、経済的な理由や家庭環境など、具体的な背景や理由があるわけではない。ただ本当に「息を吸うように」売春をする。しかし、プロダクションに搾取もされなければ、やりたくないことを強要されるわけでもなく、自分のやりたいようにやって稼ぐ。そこにあるのは「合理性」です。まともに就職しても手取り15万円では奨学金すら返せない。そうした日本の停滞が、彼女たちを合理的な選択に走らせているのかもしれない。
出演強要問題で、行政が既存のAV業界に目を光らせている。さらには巨大プラットフォーマーによる劣悪な取引条件など、これまでのAV業界は、未曽有の逆風に立たされています。
しかしそれを尻目に、若い子はどんどん同人AVに流れていっている。もともとアダルトの世界は、「逆年功序列」型の世界。それにますます拍車がかかっていくのではないでしょうか。
中村 淳彦(なかむらあつひこ)
ノンフィクションライター。AV、風俗、介護などの現場でフィールドワークを行い、貧困化する日本の現実を可視化すべく、執筆を続ける。『東京貧困女子。』は2019年本屋大賞ノンフィクション大賞にノミネート。他にも『日本の貧困女子』、『悪魔の傾聴』など著書多数。また「名前のない女たち」シリーズは2度に渡り、劇場映画化されている。
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