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インタビュー

『教養としての落語』(サンマーク出版)/立川談慶師匠に聞く

立川流真打ちによる「落語的生き方」
落語は、人間の失敗図鑑!

 現在、1000人の落語家に対して、古典落語の演目は300点。言うなれば、その同じ演目300点を1000人の落語家が「ネタ」として披露している。にも関わらず、その落語が、なぜ渋沢栄一や吉田茂をはじめ、歴代の政財界の巨人に愛され、かつ400年近くにわたり、多くの人を魅了し続けているのか。サンマーク出版から『ビジネスエリートがなぜか身につけている 教養としての落語』を1月に上梓し、すでに4刷と増刷を重ねる著者、立川流「真打ち」の立川談慶師匠に、現代における落語の有用性などについて話を聞いた。

(聞き手 山口高範)

「親切」な落語入門

3月中旬に15作目となる新刊を予定している談慶師匠。本書企画は「そもそも落語とは何か?」という編集者からの漠たる問いからスタートしたという。

 29年間にわたって落語家として活動してきましたが、これまで落語は初めての方にとって、もしかしたら「不親切」だったのではないかと。落語家が寄席で話す際も、前提とした「お約束」ありきで「噺」をしますので、前知識があったほうが、より楽しめるのは事実です。この本は落語の「ら」の字も知らない人に向けて、「そもそも落語って何?」というところが起点になっているので、そういう意味でとても「親切」な落語入門書になったと思います。

 これまでの落語入門書は、研究者が書いたものがほとんどで、落語家自身が書いたものってないんですよ。入門書といっても学術的で、むしろ教則本に近い。この本は、歌舞伎や能、狂言、講談など他の日本の伝統文化に関する記述についても触れていて、それはざっくりとした説明にはなってはいますが、間違ったことは書いていないし、むしろこういう本は今までなかったという自負はありますね。

教養≒娯楽

「前知識があれば、より一層楽しめる」。しかしその一方で落語は、必ずしも素養がなくても、楽しめると談慶師匠。その言葉は、落語が「人間の業を肯定」するように、落語初心者にも寛容だ。

 実はこの本を出した際に、「落語は教養ではなく、娯楽だ」という声もありましたが、「教養」こそ一番の「娯楽」だと思っています。「教養」としての知識があることで、落語をより「娯楽」として楽しめる。そういうことだと思うんです。「教養」と「娯楽」の違いは、本人のとらえ方次第ですから。

 一方で、前知識がなくても「なぜだかおかしい」、「好きな落語家が持つ雰囲気がいい」というのも、また落語の面白さではあります。落語家が「ソデ」から出てきたときの雰囲気、一呼吸おいてから来るおかしさ、後からじわじわと込み上げてくる面白さ、そういう楽しみ方もあります。

 私の師匠、立川談志が明言しているように、落語は「人間の業の肯定」なわけで、言ってしまえば人間の「失敗図鑑」です。だから落語そのものを浅い知識で知ったかぶりする人ですら、許容してしまう、その寛容さ、緩やかさもまた落語の魅力なんです。

 例えば会社の上司が、部下の女性を口説くときなど、落語は最適なツールなわけです。「教えてやろうか」といったような具合に。まあそれもほとんどは間違ってはいるんですけどね。だからこの本を出したことによって、そういう人たちの立場を奪っちゃうかもしれないですけど(笑)

江戸と現代の共通点

江戸時代と現代では「ストレスフル」という点において、共通点が多いという。だからこそ、談慶師匠は「現代には、落語が必要だ」と説く。

 江戸時代は太平の世とは言われていますが、庶民は地震や台風などの天災、さらには火事など、常に「死」と隣り合わせでした。そんなストレスフルな時代背景の中で、落語は庶民文化として隆盛を極めます。だからこそ、同じくストレスフルな現代においても、落語は必要です。そのストレスを抱える代表格がいわゆるビジネスエリートと呼ばれる人たちです。

 明治以降、日本は殖産興業や富国強兵で列強諸国に追随しようと躍起になり、1968年に晴れて工業国第3位になるわけです。その後のバブル崩壊以降、空回りしている状態が続き、その余波が今の「令和」になっても影響している。だからこそ、もう一度、原点に戻って、江戸や落語文化にある「他人と比較しない」「効率性を求めない」、そういう考え方が今の日本には必要なんではないでしょうか。

 落語家として活動する以上、「楽しかった」「感動した」というのは、お金をもらっている以上、当然です。私はそれ以上に、落語が「娯楽」「エンターテインメント」として「消費」されるのではなく、落語に出てくる登場人物や噺を思い出してもらって、日常生活に落とし込んでほしい。

 それほどまでに、落語は現代において「リアル」で、求められているものだと思っています。この本は「がんばらない自己啓発書」です。落語の下地にある、優しさやおおらかさを、この本を通して、感じ取ってほしい。そのうえで世の中を少しでも変えることができれば、と願っています。

まずはYouTubeで落語を

本書は一般的な入門書とは一線を画し、寄席への集客をうったえることなく、YouTubeで定番の名人芸を見ることをすすめている。

 落語を知らない人はまずは動画からでもいいと思います。それを見たら、絶対にライブで見たくなりますから。この本には、YouTubeで見られる立川談志(七代目)の「粗忽長屋」、桂米朝(三代目)の「百年目」など、見るべき「名」落語家による「名」演目をいくつか紹介しています。まずはそこから入ってください。

 さらに近くの公民館でも、前座さんなどの若手による落語会もやっていますよね。プロ野球やメジャーリーグと甲子園では面白さが違うように、あれは「真打ち」とは違う面白さがあります。価格も良心的なので、落語を肌で感じるいい機会になると思います。そもそも落語は高尚なものではなく、誰もが楽しめる庶民のものですから。

 落語はいつの時代も大衆文化です。今、目の前にいる人を笑わせる。それは座布団1枚あれば、どこでもできます。それが落語家の強みです。私も屋外でカラオケ大会をしている隣で、話したことも何度もありますが、「立川」という亭号のもとで落語家をしていたとしても、結局、落語家はひとりで、個人事業主です。権力はいざ知らず、誰にも依存することなく、己の才で生きていく、「個」として世の中と向き合っていく、それは現代の生き方として、ひとつのモデルとなると思います。落語家は400年にわたり、ずっとそれをやってきたわけですから。

最後に読者へのメッセージについて聞いた

 みなさん、貸し借りや回し読みなどはせず、買って読んでください。「共用」ではなく、「教養」を本屋さんで買ってくださいね(笑)

四六判/224㌻/本体1400円

立川 談慶(たてかわだんけい)

 1965年、長野県上田市(旧丸子町)生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、株式会社ワコールに入社。3年間のサラリーマン体験を経て、1991年に立川談志18番目の弟子として入門。前座名は「立川ワコール」。2000年に二ツ目昇進を機に、立川談志師匠に「立川談慶」と命名される。2005年、真打ち昇進。慶応大学卒業の初めての真打ちとなる。
 著書に『いつも同じお題なのに、なぜ落語家の話は面白いのか』(大和書房)、『大事なことはすべて立川談志に教わった』(KKベストセラーズ)、『「めんどうくさい人」の接し方、かわし方 』(PHP文庫)、『談志語辞典』(誠文堂新光社)などがある。

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