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インタビュー

『仕事で大切なことはすべて尼崎の小さな本屋で学んだ』(ポプラ社)/川上徹也氏に聞く

尼崎市・小林書店をモデルにした小説
10坪の本屋が起こした奇跡

 兵庫県・尼崎市のわずか10坪の書店「小林書店」の小林由美子さんは、ある傘メーカーの想いに惚れ込み、その傘を看板商品に育て上げるなど、ここでは書ききれないほどのエピソードを持つ。数々のメディアでも紹介され、最近ではドキュメンタリー映画の公開を控えている伝説の本屋だ。そんな小林さんの本屋や商売人としての哲学を収録した小説『仕事で大切なことはすべて尼崎の小さな本屋で学んだ』が12月中旬にポプラ社から刊行される。大手取次会社の新入社員・大森理香を主人公にした本作を手掛けたのは、出版業界にも精通し、これまで書店をテーマにした著作もある川上徹也氏だ。 ( 聞き手山口高範)

数頁では収まらないエピソード

ポプラ社の営業担当との出会い、かつての担当編集者の転職など、数々の偶然が重なって、この企画がスタートしたという。

 ポプラ社さんの営業の方と、ある書店さんの会合でお話する機会があり、その際に「うちでも本を書いてください」というお話をいただき、編集の方をご紹介いただきました。さらに以前に編集担当ていただいた他社の編集者の方が、ポプラ社さんに転職されて。そのご縁もあって、ポプラ社さんで本を出そうという話になりました。そこで小林書店さんの企画を提案したところ、「それで行きましょう!」と盛り上がって。実はその営業の方も小林さんと懇意にされていたということもあって、いろいろな偶然が重なって、企画がスタートしました。
 小林さんとの出会いは8年ほど前です。以前、出版した『本屋さんで本当にあった心温まる物語』(あさ出版)という本の取材の際に、本書にも収録している傘を売ったエピソードなど、熱いお話を聞かせてもらい、とにかくエネルギッシュな方という印象でした。
 当初はその本の中で紹介しようと思っていたんですが、とにかくエピソードが多くて、数ページには収まりきらない。であれば、いつか1冊の本にしたいとそのころから漠然と思っていました。その後、お店にも何度か伺わせていただいて、実際に切り盛りする小林さんの姿を目の当たりにして、これを多くの人に伝えたいと思ったのが、本書執筆のきっかけです。

小説でこそ伝わる魅力

これまで寓話のようなビジネス書を手掛けたことがある川上氏。今回、初めて「小説」という形態をとった理由とは。

 執筆にあたり、小林さんの魅力やすごさをストレートに伝えたいという思いがありました。しかしインタビュー形式やノンフィクションでは、それは伝わらない。どうすれば小林さんのエピソードを効果的に世間に伝えられるかと。そこで取次会社の新入社員を主人公に立てて、小林さんに彼女の悩みや相談にのってもらう設定にすれば、読者も彼女に感情移入し、小林さんの声もより届くのではないかと思い、フィクション、小説という形態をとりました。 
 さらに主人公の成長物語としても読めるので、出版業界内に留まらず、多くの方に興味を持っていただき、より広がっていくのではないかという思いもありました。
 最初は世の中の人がイメージしやすい出版社の新入社員という設定にすることも考えたんですが、リアリティを重視して、取次会社の新人営業を主人公にしました。
 これまで出版業界の小説、漫画などはたくさんありますが、取次会社を主人公にした作品はたぶんないですよね。もしかしたら、日本初、むしろ世界初かもしれない。そういう意味でとても面白いなと。
 一方で、取次会社の営業の方が実際に何をやっているのか、正直わからないところがあって、かなり悩みました。いろんな人にもお話を聞いたんですが、やはりわからない。それで一時期、筆が止まってしまった時期もあるんです。もちろん焦りもありましたし、中途半端なものは出せない、というプレッシャーもあって。
 ただあるとき、「書店に向けた提言を理香に託して、書けばいいのか!」と思った瞬間、一気にふっ切れて、筆がぐんぐん進みました。ただその場合、「リアリティはあるのかな」という懸念はありましたが、関係者に読んでもらうと、「ほとんどこの通りだ」と言っていただいたので安心しました。
 小林さん自身、ある出版社の社長から「本なんか出したらあかんで」と言われていたらしく、企画当初は「私の本なんていややわ」と笑いながら仰っていたんですが、最終的には「フィクションなら面白そやな」と出版に同意していただけました。

▲尼崎の商店街に店を構える小林書店

商いとしての本屋

ここでは書ききれないほどのエピソードを持つ小林さん。川上氏にとって、小林さんの「すごさ」とは。

 小林さんは、本当にお話好きな方で。私も何度も同じお話を聞いているのですが、いろんな人に話すうちにその精度が増していって、「すべらない話」になる。もうそれは名人芸です(笑)。
 一方、本屋としては「すごい」の一言。売ると決めたものは、とことん売る。70歳を超えているのに、その情熱を絶やすことなく、エネルギーに溢れている。例えば小林さんが講演会などで、100人いたらこの本を100冊売ると思います。だから講演会やってくださいって依頼してるくらい。本当に根っからの「商売人」なんです。
 私も大阪人なので、そこに魅かれた部分も大きくて。文化的な薫りがする本屋さんも好きですが、心のどこかで「商人(あきんど)」の気持ちがある人に共感してしまいますね。

本書は小林さんのエピソードを通じて、「商いとしての本屋」、「売り物としての本」を再認識させられる。川上氏が考える「商いとしての本屋」の可能性とは?

 本屋は利益率が低いとか、いろいろと言われていますが、この世のあらゆるものに関わっているのが、本という「商材」です。そんな商材を扱っている小売業なんて、他にはない。だからこそ、それを軸に「商売」をするべきです。
 みんながみんな小林さんのように、本とは関係ない傘を売るなんて難しいと思います。最近でも本と文脈のない雑貨を売る書店も多いですが、そうではなくて、例えば作家、作品が持つ世界観を顧客と共有すること。それはアイドルの写真集だっていい。そこでコミュニティを形成することで、聖地化することだって本屋には可能です。これはあらゆる小売業に共通することですけど、ハードにはお金をかけるのに、アイデアや企画などソフトにお金かけない。それではいけないなと思います。

「よそ者」だからこそ書けること

明るい話題が少ないと言われる、出版業界をテーマにした本書。しかし本作には、底抜けた「明るさ」が根底に流れている。

 本屋の「心温まる」エピソードを本にして出版しながらも、「心温まらない」エピソードがたくさんあることも、問題点が山のようにあることも知っている。でもそれを伝えることは、私の役割ではないと思っています。私は本と本屋の楽しさ、奥深さを発信していくことに徹したいと思っています。
 私はある種「よそ者」なので、「よそ者」だからこそ、この業界の良さもわかるし、その良さを発信していきたい。この本でももちろん実際に起こったことや現実の問題など、大変な部分にも触れていますけど、基本は面白いこと、楽しいことを書いています。
 この本は出版業界をテーマにした本ではあるけれど、業界内に留まらせたくない。本を手に取ってくれないと言われる若い方たちにも読んでほしいし、「働く」ということを真摯に考えるきっかけにしてほしいと思います。

四六判/272㌻/本体1600円

川上 徹也(かわかみ てつや)

 コピーライター。湘南ストーリーブランディング研究所代表。「物語」の持つ力をマーケティングに取り入れた「ストーリーブランディング」の第一人者。ビジネスにおける「言葉」や「ストーリー」の使い方をテーマにした著書多数。その多くが海外でも翻訳されている。書店好きとして知られ、全国の書店を取材して執筆した『本屋さんで本当にあった心温まる物語』などの著作もある。

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