小説のカバーイラストや広告ビジュアル、アニメのキャラクターデザインなど、多方面で活躍するマツオヒロミさん。デビュー作『百貨店ワルツ』以降、各地での展覧会開催に加え、2022年夏には岡山市の夢二郷土美術館にて「竹久夢二×マツオヒロミ トキメキの大正浪漫」と題し、自身の作品展示のみならず、竹久夢二作品のキュレーションまでも手掛けた。そんなマツオさんによる、1922年創刊から100周年を迎えた架空の雑誌「RONDO」をコンセプトにした、待望の新作『マガジンロンド』が発売された。
(聞き手 山口高範)
「架空の雑誌」がテーマのコミック&イラスト集
すでにプロのイラストレーターとして10年以上のキャリアを持つマツオさん。幼いころから絵を描くことが好きだったという。
物心つく前からずっと絵を描くのが好きで、子供のころからプロになれたらいいなと思っていましたが、大学進学に際し、一般的な会社勤めをする進路を考え、総合大学の人文系の学部に進みました。しかし毎日が違和感だらけで、絵を描くことを生業にする以外の人生はないと悟り、独学で描き続け、2010年にはプロのイラストレーターとしてスタートしました。
もともと実際にありそうな「架空の○○」を設定し、創作することが好きで、テーマをしぼったイラスト集を同人誌で作っていました。「架空の百貨店」をテーマにした作品集をベースに、エピソードや設定をふくらませ、さらに漫画を加えて、単行本として出版したのが、デビュー作『百貨店ワルツ』です。ちょうど執筆に入った時期に、大丸心斎橋店改築の報せを受け、あの空間への愛惜が大きなモチベーションとなりました。
実際に単行本として刊行されるにあたっては、当時イラスト+コミックというスタイルの本がなく、とても不安ではありましたが、蓋を開けてみたら漫画があったからこそ楽しんでいただけたようで、今までの自分の歩みが無駄ではなかったと、とても嬉しかったですね。
雑誌作りと読者が生むドラマ
1920年代の海外ファッション誌への憧憬、また大学時代に中原淳一の雑誌作りをテーマにした卒論が、本作『マガジンロンド』創作のベースになっているという。
本作も「架空の雑誌」がテーマですが、フランスなどの1920年代のファッション誌への憧れ、また中原淳一が関わった伝説的な雑誌『少女の友』『それいゆ』などへのリスペクトが、今作のベースとしてあります。中原淳一を大学の卒論テーマにしたのですが、雑誌作りと読者の関係にはドラマがあることを知り、それを描いてみたいと。
当初は「1920年代をテーマに春夏秋冬4冊分をダイジェストでまとめよう」と考えていましたが、いろいろと考えた結果、「1920年代創刊の雑誌の100年の歴史」をテーマに、100年間の人々の想いを描くことになったので、ずっとドラマチックな作品に仕上げることができました。
舞台となるファッション誌「RONDO」の創刊は、1922年という設定。その創刊号も本作『マガジンロンド』に収録していますが、実際に創作するにあたり、参考にする当時の日本の雑誌がほとんどありませんでした。ですから海外の雑誌も参考にしながら、どう「時代の気分」を出しつつ、「日本語」で「今見ても可愛い、おしゃれ」を両立するか、手探りで1ページ1ページを作っていきました。
また「本」としての雑誌が好きで、その時代の風俗にフォーカスしすぎず、見出しの文字のレタリングやレイアウトなど、あくまでその時代の雑誌への「憧れ」を形にできるように努めました。そのためファッションは再現性よりファンタジーとして面白い、というところを目指して描きました。
資料にあたるとそのまま描きたくなるのですが…ぐっとこらえて「ファンタジーとして正解か」を常に意識しましたね。
ファッション誌は「現代の絵本」
ファッション誌をこよなく愛するマツオさん。なぜファッション誌に魅了されるのか。
私にとってファッション誌は、ショッピングの情報源というよりも、スタイリッシュな写真がかっこよくレイアウトされた「現代の絵本」という感覚で、フィクションとして楽しむのが基本姿勢です。もしくは知らない街を旅するような感じ、とも言えるかもしれません。
雑誌の休刊が続いていることについては、残念に思う気持ちでいっぱいで、その文化が節目を迎える今を感じながら『マガジンロンド』を執筆しておりました。実は舞台となる架空の雑誌「RONDO」は数年前に休刊したことにしようか、と考えた時期もありました。
ただ、紙の雑誌の力を信じている身としては、拙いながらも今私が読みたい雑誌を、誌面を組んだ形で表現したい、とチャレンジしたのが2022年の章です。
私はファッション誌がみせてくれる夢が大好きです。これはSNSなどのネットの情報とはまた違う楽しさで、「これからも素敵な夢をよろしくお願いします!」というのが、一読者である私の願いです。
着物を着た女性や大正ロマン、昭和モダンをモティーフにした作品を数多く手がけるマツオさん。その魅力は。
最近改めて「耽美的だなぁ」と感じています。そういうものは、戦後の風俗が失ってきたものだと。私は1980年生まれで、そうした耽美的なものが抜け落ちた風俗の延長線上に生まれ育った身としては、非常にロマンチックに感じられるのが、大正や昭和初期の風俗です。また、ノスタルジーはあまり感じず、私はファンタジーだと感じています。
東と西の全く違う文化、古い慣習と新しい価値観が互いに惹かれ合ってぶつかる化学反応がファンタジックで、ドラマチックな時代の面白さに溢れています。
このようなことが、たとえば着物一枚まとう中にも現れています。伝統的な菊の文様を、アールヌーボー風に描き、新しい染料で鮮やかに染め出し、伝統的な民族衣装としての和服としてまとい、「新しい女」であるモダンガールが近代建築の並ぶ街をゆく。幾重にも和洋と新旧が交差する、非常にエキサイティングかつ耽美な時代だったんじゃないかと思います。
竹久夢二へのリスペクトのみならず、多くの作家、表現者から影響を受けているとマツオさんは語る。
夢二が描いたのは、その時代の価値観で着飾って、取り澄ました様子の貴婦人ではなく、隣の誰かのふとした仕草です。はかなく過ぎ行く素敵な一瞬にフォーカスした夢二のスケッチは、どの時代の人が見ても心動かされるのではないでしょうか。
例えば1970年代で言えばアンニュイさや郷愁感など、その時代の気分と合っていた。一方、ゼロ年代以降の価値観の中でも、「レトロで乙女で可愛い」という点では非常に現代的で、今見ても新しく、その生命力の強さに驚かされます。
最近の方だと、ミュージシャンの藤井風さんです。同時代のエンターテインメントとして最高にクール、そして色気すらも漂う楽曲は何度聞いても飽きません。その他にも谷崎潤一郎やビアズリーなど、子どものころから数えきれない沢山の作家から影響を受けています。
アニメのキャラクターデザインなど、各方面で活躍するマツオさん。今後の活動や展望は。
今後はまた書籍執筆を中心に展覧会や広告ビジュアルなど、現在の活動の幅を広げていきたい。さらにアニメのお仕事をした際に、同時代の才能ある方たちと一緒にひとつの作品を作ることの面白さを知り、徐々に力をあわせて何かを作り上げる仕事をしていきたいと思います。また海外も視野に入れながら、活動をしていけたらと考えています。
マツオヒロミ
イラストレーター。2016年に刊行された初単行本『百貨店ワルツ』(実業之日本社)が大ヒット。以降、抜群の色彩感覚と練り上げられた構図、ディテールへのこだわりと洒落た感性により描かれる絵が「美麗」と評され人気を集め、数々の美術館やイベントで企画展が開催されている。また、扇子や婦人靴、スカーフなどのコラボ商品やアニメ、人気ミュージシャンのグッズなど活動の幅が広がっている。島根県松江市出身。神戸市を経て岡山市在住。『百貨店ワルツ』は第20回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出されている。
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