大切な人をなくした人たちへ
「命」と向き合った作家が綴る愛の物語
5月20日に発売した清水晴木氏の『さよならの向う側 i love you』。約1年前に刊行され、すでにドラマ化が決まっている『さよならの向う側』の続編だ。このシリーズの各章に登場する人物は、すでに「死」を迎えている。しかし「自分の死をまだ知らない人にだけ会うことができる」という条件つきで、1日だけ現世に戻ることができる……その設定や構想、本作を執筆した経緯、また映像化への想いについて聞いた。(聞き手:山口高範)
「救いたい」という原動力
20代前半に白血病という大病を患った清水氏。さらには大切な人をなくしたことが、このシリーズを執筆したきっかけだと語る。
ちょうど周囲の友人たちも結婚や仕事など、人生の転換期にあるということもあって、私も小説家をやめようかと悩んでいた時期でもありました。
そんな折、大好きだった祖母が亡くなったんです。会いたくても会えない。もし幽霊がいるとしたら、なぜ祖母は私に会いに来てくれないのだろうかと。そのとき、もしかしたら「会いに来ることができない理由」があるんじゃないかと思ったんです。
そして私と同じように、大切な人を亡くされて、悲しんでいる人がいるとしたら、それを物語にして届けることができれば、もしかしたら私だけではなく、その読者も救われるんじゃないか、救いたいという思いが執筆のきっかけであり、大きな原動力でした。
また自分自身の体験も、この作品を書く動機になっていて、私は20代のときに白血病を患い、骨髄移植を受けているんです。そういった自分自身の生死に関わる経験や愛する祖母の死を経て、自分の内面と向き合ったとき、私が小説家としてテーマにすべきは「命」であると。書き上げたときには、「これでだめなら小説家をやめよう」と思えるくらい、心の底から納得のいく、渾身の作品ができたと確信しました。
おかげさまで多くの方からご反響をいただき、2巻目をだすことができました。ただ2巻目は1巻目との闘いだなと。同じ構成では1巻の読者を満足させることはできないし、一方で違う方向に針を振り切ったとしても、それはそれで期待はずれの作品になってしまう。ですから2巻目は、遺された側の立場から書こうと、何度も何度も推敲を重ねましたね。
遺された人たちを勇気づける
なぜ「死をまだ知らない人だけに会える」という設定にしたのか。
完全なファンタジーにはしたくなかったんです。会いたい人に会える、それってリアリティがないように感じて。
私も祖母には会えなかったかもしれないけど、でもどこかで見守ってくれているように感じる、助けてくれているのかもしれない、そう感じること、そう思えることで、少し前を向くことができて、温かい気持ちになることができる。
嘘になりすぎないように、現実に生きる遺された人たちが、もしかしたら本当に会いにこようとしてくれたのかもしれない、そう思ってもらえるような作品にしようと。
実際に読者の方から、「家族をなくしたあのとき、そっと見守ってくれていたのかもしれません」という感想をいただいたとき、この作品を書いてよかったと、実感しました。
シリーズを通じて各章ごとに登場する人物は、他の章でも脇役として登場する。そこにはゆるやかな人の「つながり」を感じさせる。
そこは強く意識しました。1巻の象徴的な台詞で「生きるとは誰かと関係性があること」というのがあり、私自身もそう思っていて。誰かと関係しているからこそ、生きている。亡くなった人も誰かが思ってくれているからこそ、もしかしたら「生きている」と言えるのかもしれない。
それはつまりは「つながり」であり、その「つながり」を取り戻すことで、もう一度、生きている。その「つながり」によって「生きている」ということを読者に伝えたいという思いがありました。
全話をハッピーエンドに
「命」や「死」をテーマにしながらも、決して感傷的になるのではなく、随所にユーモアを感じさせる作品だ。
この設定で書いていると本当に悲しい、切ない物語になってしまいがちなんですが、そういう作品にしたくないという思いもあり、だからどこかユーモアを感じさせるものにしようと。私はお笑いとかバラエティ番組が好きで、そういう要素も盛り込みたいなって思ったんです。
設定だけ聞くと、「感涙必至!」みたいに思われるかもしれないけど、全然そういうのではないし、泣かせたいというよりかは、本当に笑ってもらって、楽しんでほしいし、温かい気持ちになってほしいという気持ちの方が強いですね。
ある書店員さんから「清水さんの作品は、温かくて、切なくて、面白い」という感想をいただいて、それこそが私の目指すところだと改めて思いましたね。そういう思いもあって、このシリーズは、もれなく全登場人物すべて、ハッピーエンドです。
この作品は亡くなった後のお話なので、本当にその先はないはずで、だからこそハッピーエンドにしなくてはいけない。読んだ人を全員救いたいという思いが強くて、それはこの作品の使命のようなものです。ですから絶対、全話をハッピーエンドにします。
執筆にあたり、映像を先に浮かべたうえで文字にするという清水氏。ドラマ化については並々ならぬ想いを持つ。
もともと脚本家を目指していたということもあって、ドラマ化は本当にうれしいですね。小説家としての夢でもありました。
私は映像を思い浮かべながら、それを文字に起こしていくタイプなんですが、実は各章ごとの区切れもワンシーンのカットをイメージして、区切っています。
さらに言うと執筆にあたって、配役リストも作っていました。ですから台詞なども、その俳優さんをイメージした言い回しを意識しましたね。
もしかしたらこの作品は映像化されて初めて完成するものなのかもしれません。映像→小説という執筆スタイルなので、映像化される小説を書く、それが私の作家性になればいいかなと思っています。
千葉を舞台にしたこのシリーズ。千葉の名物ドリンク「マックスコーヒー」、通称「マッカン」も重要な役割を果たす。
私は千葉の北西部に住んでいて、この辺りは海が近いんです。東京湾があるから、太平洋側でも夕日が見られる珍しい場所で。高校は検見川高校に自転車で通っていて、海があって、とにかく楽しかった。それが私の原風景でもあり、この作品も海の描写がたくさん登場します。
高校生のときって、それまでアクエリアスと炭酸とか飲んでいたのに、受験期になって急にブラックコーヒーとか飲み始める時期ってありませんか。私もご多分にもれず、飲んでいたわけですが、ある時友人から何かを貸してあげた御礼か何かで、手渡されたのがマックスコーヒーで。
そのとき初めて飲んで、「なにこれ、めちゃくちゃ甘いぞ、これ本当にコーヒーかよ」みたいな(笑)。その後、千葉の名物コーヒーだということを知って、私にとっては特別な味であり、象徴的な飲み物ですね。
書店員の「つながり」
千葉を舞台にしながらも、その反響は全国に及ぶ。それもまた、書店員の「つながり」が生んだ結果だ。
1巻目のゲラを読んでいただいたうさぎや矢板店のご担当の方が、いろんな書店員の方にご紹介いただき、多くの反響をいただきました。それが大きな自信となり、ここにも人と人との「つながり」を強く感じます。
地域の書店さんからはマックスコーヒーって何?飲んでみたいと言った感想なども寄せていただいて、ある全国チェーンの書店さんは、千葉の店舗さんから他店にマックスコーヒーを送ってくれたというエピソードも耳に入ってきました。
千葉の書店さんだけではなく、全国的に支持され、多くの書店の方々に愛されている作品なんだと、改めて実感しました。本当に感謝の気持ちしかありません。
手作りの可動式拡材で展開する、うさぎや TSUTAYA 宇都宮駅東口店
『さよならの向う側 i love you』
四六判上製/268㌻/定価1870円
『さよならの向う側』
四六判上製/240㌻/定価1650円
清水晴木(しみず はるき)
千葉県出身。2011年、函館イルミナシオン映画祭第15回シナリオ大賞で最終選考に残る。2015年、『海の見える花屋フルールの事件記 ~秋山瑠璃は恋をしない~』(TO文庫)で長編小説デビュー。以来、千葉が舞台の小説を上梓し続ける。著書に『体育会系探偵部タイタン!』シリーズ(講談社タイガ)などがある。
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