子どもたちの心を解き放つ
こひつじの小さな冒険
2月28日配本の『まいごのモリーとわにのかばん』。第13回絵本テキスト大賞に輝いた、こまつのぶひささんの文に、はたこうしろうさんが絵を手掛けた作品で、我が道をいくこひつじのモリーが、相棒の「わにのかばん」を連れて、町までおでかけしようとするお話。本作を創作するにあたって、絵を手掛けたはたさんは「自分の中にいる子どもを解放するように、楽しく描くことができた」と語る。 (聞き手 山口高範)
子どもたちが必要としている作品
こまつさんの文章を読んだときの印象を、「教科書には載らない、とびぬけたお話」とはたさんは話す。
「小さな子どもが一人きりで、しかも川沿いを歩いておでかけする」なんていうお話は、親からすればとんでもない設定で。主人公のモリーも相棒の「わにのかばん」に対して、鼻の穴に指を突っ込んだり、口の中に手を突っ込んだりと、結構ひどいことをするんですけど、でもそれが面白いんですね。
このご時世では、「教育上よくないから」とか「いじめにつながるから」という理由で、当たり障りのない物語や表現にどうしてもなってしまう。そんな閉塞的な風潮の中で子どもたちは、自分を解放してくれる作品を求めているんです。人間って、そんなにお上品にはできていませんから。
僕自身、小さいころに『長くつしたのピッピ』が大好きで、ピッピのハチャメチャ振りに胸を躍らせましたが、自分に子どもができてから読み返すと、「あれ、こんな過激なお話しだったっけ」と思ってしまう自分がいて。
でも子どものころ、自分があんなにも好きだったことは紛れもない事実で、それは絶対に正しくて、「間違っているのは大人になった今の自分なんだ」って、思ったんです。
ですから子どもたちにとって、「ピッピ」とか「モリー」のような作品って本当に必要で、さらにそんな作品を描いて楽しんでいる大人がいる、ということがとても大事なんです。
モリーとわにとの不思議な関係もまた本作の魅力だという。
モリーはわがままで少し乱暴なんだけど、まっすぐで純粋で、その純粋さゆえの向こう見ずなところがあって。「自分はできる」と、根拠のない自信と希望に満ち溢れている。でも実際は、すぐ道に迷うんですけどね(笑)。
そんなモリーを、わには絶妙にフォローしてくれて、だから読者に安心感を与えてくれる。やりたいことをやらせてあげて、危険なときはサポートしてくれる、そんな理想的な保護者のような存在でありながら、どこか家来のような、親友のような、そんな不思議な距離感、関係がとても面白いなと思います。
物語にマッチした画法
作品に合わせて、絵のタッチや画風を変えているはたさん。本作はどんな手法で描いたのか。
今回は柔らかいタッチがいいのか、強めのタッチがいいのか迷って。全部で3パターン描いてみたんです。①透明水彩を使った優しい印象のもの。 ②パステルも使ってさらに柔らかく描いたもの。③強いタッチで描き込んだ鉛筆線にシャキッとデジタルで色を付けたものです。その中から、編集者さんに選んでもらったのが3つ目の手法なんです。
かなり強めのタッチですが、実はこのタッチで描くのはとにかく楽しい。柔らかさを演出しようとすると、どうしても気を使ってしまう部分があるんですが、今回は自分の好きなように、気持ちよく、勢いよく描けましたね。自分の中の子どもの部分が出てきて、暴れているような。だからモリーのようなキャラクターを描くには、ぴったりな手法だと思います。
椅子や靴などの小物、植物から生物まで、物語の主役ではないディテールの描きこみが、作品の世界観を演出する。
もともと椅子や机、靴とかを描くのは好きで。でも現代的な物語や一般的なお話で小物を描きこみすぎると、そっちに目が行き過ぎて、話に焦点が定まらない。でもこの作品は架空の世界を舞台にしているということもあり、独特な小物があっても、それがプラスに働き、いい意味で世界を広げてくれるんです。
例えばこの森のシーン(図1)も描いているときは、「針葉樹があって、その後広葉樹が広がって、そのすき間にまた針葉樹があって…。ここは広場だから、植林のコナラとかクヌギとかあるはずだろ…」とか考えながら描くのが楽しくてね。
ちなみにこの舞台は初夏なんですが、「ここは水芭蕉だろ」とか、「蓮が咲くにはまだ早い時期だな」とか、「この季節なら池にどんな魚を泳がせようか」とかイメージを膨らませながら描くのが、好きなんですよね。
最後の方に地図のような、俯瞰図のような絵(図2)も入れてるんですが、僕は地図が出てくる作品も好きで。もともと非現実的なヘンテコな建物が並ぶ、ハイファンタジーは苦手なんです。だからどこか現代とか、今の日本に通じるような世界観にしたくて、神社とかドームとか、羽田のように埋立地にある空港とか、そういう世界にしたかったんです。だからそこはいろいろと「ああでもない、こうでもない」と考えて、こだわったカットですね。
<図1>
<図2>
アートディレクター×絵描き
本作とは異なり、『なつのいちにち』(偕成社)をはじめ、はたさん自身で文も絵も手掛ける作品もある。その違いは。
他の方が書いた文に僕が絵を描くときは、「アートディレクター」と「絵描き」の自分がいて、頭の中で話し合いをするんです。ディレクターの自分は、いただいた文やテキストを読んで、このお話を読者に伝えるためには、どうプロデュースしたらいいかということを考えるし、書店でどんなデザインにしたら平積み、面出ししてくれるか、というところまで考えます。絵本って本屋さんで表紙を見てもらってなんぼですからね。
でも全部自分で作った作品は、ディレクター要素が勝手に弱くなる。思い入れが強くて、客観的に見られないんです。だからその場合は、編集者だったり、妻(絵本作家・漫画家のおーなり由子さん)に意見を聞いたりしてますね。
この世界は捨てたもんじゃない
絵本作家として数多くの作品を手掛けるはたさん。なぜいま絵本を描くのか。
最終的には、子どもたちが「この世界は、自分が思っているよりも面白いかもしれない」と思ってもらえるように、絵本を創作してるんだと思う。この生きてる世界が、自分が思っている以上にもっともっと面白くて、いやなこともたくさんあるけど、意外と捨てたもんじゃないな、と思ってもらえるような。人間って汚いところもいっぱいあるし、嫌だなって思うところもたくさんあるけど、それでも「実はいいところもあるんだぜ」ということを、子どもたちに伝えたいかな。
▲編集者と色校正の確認をするはたさん
『まいごのモリーとわにのかばん』
B5判変型/34㌻/定価1430円
はた こうしろう
兵庫県生まれ。絵本のほかに、イラストレーション、ブックデザインなど幅広い分野で活躍。作品に「おとうさんもういっかい」シリーズ(アリス館)『なつのいちにち』(偕成社)『むしとりにいこうよ!』(ほるぷ出版)『にちようびの森』(ハッピーオウル社)『どしゃぶり』(文・おーなり由子/講談社)「めいたんていサムくん」シリーズ(作・那須正幹/童心社)など。
絵本テキスト大賞とは
日本児童文学者協会と童心社が、絵本作家の発掘と育成、また新鮮な絵本の出版を目的に創設し、今年で15回目を迎える。絵本のテキストのみで審査され、大賞受賞作は著名な画家が絵を手掛け、童心社から出版される。
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