文化通信社は6月11日から、4回目となる「こどものための100冊 2024」キャンペーンを開催する。著名人が選書した児童書100冊を掲載する小冊子を、大手保育園や幼稚園、幼児商品通販などを通じて15万部配布するとともに、書店売り場や図書館で販売、閲覧展開する。今回、冊子の巻頭言をお願いした、長年教育に携わる教育評論家〝尾木ママ〟こと尾木直樹氏に、子どもと活字との触れ合いや、書店のあり方、さらには新聞の意義などについても話を聞いた。
【聞き手・山口健】
――本日は本や子どもの読書についてお話を伺いたいと思います。
実は昨年4月から東京都立図書館の名誉館長に就任しています。コロナ禍で閉館している時期に来館が途絶えたので、来館を復活させることを目指して取り組んでいてとても忙しいんですよ。
都立図書館(中央図書館、多摩図書館)は、首都東京の中核的公立図書館として市区町村立図書館へのリーダーシップを発揮しながら、いろいろな分野の仕事をやっています。例えば、視覚障害のある方などのための音訳サービスも僕は初めて知りました。
音読するだけかと思ったら、絵や図表、挿し絵も全て音声にして伝えるんです。すごく高度な専門性が必要で、それを皆さんボランティアでやってくださっています。
効果が大きい「朝の読書」
――長く教育現場でお仕事をされてきて、子どもが本を読むことや、読み聞かせることの意義についてどうお考えかお伺いしたいと思います。子どもが本を読む習慣を身につけるためにどんなことが必要でしょうか。
全国の小中高校で広く行われている15分前後の「朝の読書」活動ですが、コロナ禍で多くの学校でほかの授業時間に振り替えられてなくなったようです。
しかし、2023年の調査では8割以上の学校が実施しているという結果が出ており、学校現場もその効果の大きさを実感していると言えるでしょう。
「朝の読書」は、子どもたちの集中力が上がり、気持ちも落ち着くという魔法の時間です。その後、子どもたちは1時間目の授業にスムーズに入っていくことができ、特に中学校では喜ばれているようです。
脳科学者の川島隆太教授(東北大学)も指摘しているように、本の中身というより、本に向き合って文字を読んでいく脳の活動そのものが子どもを落ち着かせるようです。
小さな子に対しては「読み聞かせ」ですね。「読み聞かせ」は、読み手の声を通して子どもが自らの想像力で空想を広げていくので、心を豊かにしたり、知的関心を呼び起こすという素晴らしい効果があります。「読み聞かせ」を通して読み手と聞き手は「共通体験」ができますから、絆も深まります。また、保護者や地域の大人がグループを作って、教室で朝「読み聞かせ」をする取り組みもあります。学校の教育力が増すなどの効果も期待できますね。
――「こどものための100冊」の冊子を受け取った親から「どんな本を読み聞かせたらいいのか分からなかったけど、この冊子でとっても助かった」という反響を多くいただきます。
絵本の読み聞かせで気をつけたいのは、読み終わった後に、大人が「だからお兄ちゃんと仲良くしなきゃいけないんだよ」などと教訓で締めくくったりしないことです。最後の裏ページまで一緒に見て、それで終わりです。感想を聞くのはいいと思いますが、大人の考えを話すよりも、絵の世界の中に入って語り合ったり、「どうしてカニさんは泣いてるんだろうね」と投げかけて、子どもの気持ちを引き出したり、受け止めたりしてあげられるといいですね。
また、3歳になるかならないかくらいで文字を教えてしまうと、絵本を読んでいても、絵よりも文字に注意がいくようになります。幼児期は観察力が非常に鋭い時期ですから、じっくりと絵を見て観察する力を伸ばしてあげることがとても重要なのです。
親は子どもが早く字を読めるようになってほしい、英語を習わせたいなどと思いがちです。でも、早期に文字が読めることが必ずしもいいわけではないのです。
学校で読書の楽しさ伝えてほしい ――先生ご自身の読書体験をお聞かせください。 僕の読書体験はドラマティックなんです。 小学生の頃から読書は大好きでした。我が家では小学館の『小学一年生』、『小学二年生』などの学年誌を取ってくれていました。毎月配達日にはワクワクしていましたよ。
小学校では図書室が廊下の曲がり角にあって、給食を運ぶ台車の音などでうるさかったのですが、お昼休みなどに行って、棚の本を順番に読みました。ただ、僕が小学生の頃は終戦直後で図書室にはほとんど本がなく、友達とどっちが先に全ての本を読み終わるか競争できるほど蔵書が少なかった。ですから図書室の本は辞書以外ほとんど読みました。
現在の学校図書館は当時に比べれば充実していますが、それでも問題はたくさんあります。学校図書館図書整備費は地方交付税として各自治体に支給されるので、使途が制限されていません。図書館整備に対する意識の低い自治体や、災害にあって復興に予算を割かざるを得ない等の事情を抱えた自治体などでは図書館の予算は極端に低くなっています。
2023年度の年間の図書購入費が平均で小学校は47万円、中学校は66万円と涙が出るほど少ない。本の価格は値上がりしていますし、これでは百科事典や図鑑類も更新できません。
そのうえ21年度にはGIGAスクール構想がスタートして、小学1年生からタブレットやパソコンを持つようになりました。教科書をはじめ、デジタルへシフトしていく自治体もあるようですが、紙媒体と画面で見るのは違います。確かにデジタルも有効だと思いますけど、言葉の意味を紙の辞書で知るとか、デジタルにはない紙媒体の良さがあります。
川島教授は、同じ言葉の意味を調べるのも、スマートフォンホやタブレットで調べる時と、紙の辞書で調べる時では脳の働きが違うといいます。
紙媒体で調べている時は、脳が活発に反応するのに対して、スマートフォンやタブレットだと反応していないというのです。なるほどと思います。やはり読書体験は極めて重要です。
そもそも、読書とは楽しいものです。読書によって、現実の世界から離れた本の中の世界を、想像の羽をはばたかせて自由に飛び回ることができるのです。
ですから、学校現場などでは読書の楽しさ、すばらしさをぜひ伝えていただきたいと思います。私たちは、本を通して全く別の世界に触れることができます。スマートフォンやインターネット、SNSから得た情報だけに触れていると、自分の興味関心の強い領域ばかりに偏って、世界はそういうものだと視野を狭めてしまうのではないかと危惧しています。
図書館で過ごした高校3年間
――図書館をよく利用されていたと伺いました。
実は僕は高校1年生を留年して2回やっています。生徒に暴力をふるう体育教師と口喧嘩になり、それ以降の授業に出ていませんでした。その後、高校2年生への進級直前に父親の転勤で滋賀県から四国の高松に引っ越すことになり、高松の高校への編入試験を受けたのです。合否発表の日、校長室に呼び出され、「あなたは1年生の体育で単位が出ていないから受験資格がない。もう1回1年生をやるなら引き取ってもいい」と言われ、自分が進級するための単位が足りていないことを初めて知りました。こうして1年生を2回やることになったのです。
しかし、2回目も同じ教科書を使った授業では、先生が冗談を言ってみんなが大爆笑していても、僕だけは笑えない。先生がどこでどんな冗談を言うかが先にわかってしまっていますから。その時すごく疎外感を覚えて、遠足や修学旅行にも行かず、体育祭も参加しない。自分から落ち込んでいって、精神的な引きこもり状態になりました。
そこで逃げ場になったのが学校近くの県立図書館でした。放課後学校が終わるや午後3時過ぎにはそこで本を読む。夕食は地下食堂でうどんをすすり、また読書室へ移動、閉館になる夜9時まで粘って本を読んでいました。
そんな生活を3年間続けました。図書館の開架の書架を順番に読んでいって、図書館の居心地の良さを実感しましたね。
その後、大学に入ってからも、僕は1年生の1学期は毎日図書館にいました。一番好きな読書室を確保するために、朝は図書館前の階段に並んで、いつも先頭から10人以内に入っていました。
さまざまな種類の本を幅広く読んだことは、後に評論家やテレビのコメンテーターをやるようになったら、大いに役立ちました。読書を通じて知識の量や興味の幅が広がり、物事を感じ取る感度が上がったように思います。
「行きしぶり」と呼ばれる学校嫌いの子も含めると、いま不登校の子は中学校だけでも約33万人もいると言われています。そういう生きづらさが、いま子どもたちやZ世代が抱える大きな課題です。
僕は学校に行きづらい時には図書館に行くという選択肢をすすめます。図書館はすごく魅力的な〝住み心地の良い居場所〟です。あらゆる世界が展開していて、本はいつでも歓迎してくれます。そういう心の居場所を確保するという点でも、図書館は必要です。これまで本や読書と切っても切れない関係でやってきた僕ですから、自信を持って言えます。
いま、都立図書館の名誉館長をやっているわけですけれど、まさか70歳を越してから図書館に〝戻ってくる〟とは夢にも思いませんでしたね。
本屋さんは街づくりの柱
――全国の自治体の4分の1以上で書店が無くなりました。書店にも図書館と同じような大切な役割があると思うのですが。
私の家から近い吉祥寺のある通りには、子どもの本の専門店のクレヨンハウスをはじめ、3軒も本屋さんがあるんです。
イベントなどの企画もしょっちゅうやっておられるんです。僕もこの間ある書店のイベントに参加してきたんですけど、20人入れるかどうかぐらいの店内で、本好きが集う、とってもステキな雰囲気でしたね。
少し前にJR中央線の阿佐ケ谷駅前で老舗の本屋さん(書楽)が閉店すると発表したら、全国から地域で守ろうという声が上がり、八重洲ブックセンターが「阿佐ヶ谷店」として営業を続けることになったという話がありました。本屋さんがなくなったら困る、街づくりの中心、柱なんだから守ろうというような意識が働いたんですね。
うちの町には本屋さんが3軒、4軒あるというのは、地域力であり、市民のプライドにもなります。本屋さんには地域文化の交流基地、街づくりの柱としての役割がある。だから、本屋さんはなくしたらダメです。
書店の数は、この10年間で約4600店あまり閉店となるなど全国的に減少する一方で、新しい形態の書店が出てきています。カフェを併設していたり、特定のジャンルに絞った本を揃えたり、イベントを頻繁に開催したりと、小規模であっても個性的な書店も増えているのです。
ネット書店や電子書籍の普及など書店をめぐる状況は大きく変化していますが、個性的な書店が次々と生まれている状況は、本が好きな人、地域に本屋さんがあってほしい人が少なくないことの表れだと思います。ぜひ新しい書店のあり方を模索し、地域や社会で育てていけるといいですね。
書店が変容するのと同時に、図書館もそのあり方が新しく変化してきています。
例えば、昨年11月に岐阜県可児市には、岐阜県内最大規模である市立図書館「カニミライブ図書館」が無印良品の中にオープンしました。キッチン用品の横に料理の本を置くなど、商品の側に関連した本を展示してあり、買い物を楽しみながら気軽に本を手に取ることができると好評なようですよ。
宮崎県高鍋町の町で唯一の書店では、地元の農業高校の生徒が栽培した野菜や花、地元で人気の和菓子などが販売されています。本棚には高齢者の興味関心を意識した本が並び、交流イベントで地域住民が集まっているようです。
また、金沢の石川県立図書館は素晴らしい。僕も視察しましたが、開放的で蔵書を一望できる円形劇場のような吹き抜けなど、建物としても創造的ですし、子どもも大人も好奇心や知性が刺激されるつくりが随所に凝らしてあります。子どもたち向けのジャングルジムやプレイルーム、アスレチックまである。外の庭には芋畑があって、すぐ横の焼き芋コーナーで堀った芋を焼いて食べられるんです。
この図書館は教育委員会管轄ではなくて知事部局の管轄で、作るときには、エジプトの図書館など世界の有名な図書館200カ所を職員が分担して視察したといいます。
あそこを見ると世界最先端の図書館という感じがします。そういう意欲的な挑戦があっていいと思います。
どの学校でも新聞を使っていた
――新聞を読まない若い人たちが増えています。新聞メディアの今後について、どのようにお考えですか。
新聞はすごく重要だと思います。僕は中学校、高校、大学の教員を経験してきましたが、どの学校の教員の時も、必ず授業で新聞を使っていました。
例えば、中学生には「書き慣れノート」というタイトルでノートを作らせていました。
自分が気に入った新聞記事を切り貼りして、その通りだと思う行には「〇」かサイドラインを引く。自分の考えと違うところには「?」、反対には「×」などマーキングする。すると、感受性の鋭い子は意見を書くようになるんです。
そして、僕が生徒向けに発行していた「国語通信」という教科だよりに、生徒の優れた意見を紹介する。すると、仲間の文章に刺激を受けて生徒たちは次々と書くようになる。しばらくすると、平気でノートの1ページぐらい書いてくるようになり、書く力がついてくるんです。「読み慣れ」「感じ慣れ」「書き慣れ」てくるのです。
新聞記事は結論を先に述べて、その後に具体的説明をするという〝逆ピラミッド〟型で展開していますし、文章のセンテンスが短いから読みやすい。見出しの付け方や全体の構成も明快で、現代的な文章表現の感覚が身に付くので、お手本として非常に重宝しましたね。大学でもゼミの学生をグループに分けて、グループごとに今週の新聞記事から気に入った記事を持ち寄って議論して、グループの代表がそれらを発表し合って学び合うといったこともやりました。そんな感じで新聞は徹底して使っていました。
そのうちネット記事をプリントアウトして持ってくる学生も現れましたが、ネット記事は禁止しました。ネットではその記事が紙面のトップなのか、どこに位置付けられたのかもわからない。編集者の呼吸、気迫が伝わってこない。それに紙面だと自分の興味のなかった記事や下の方にある週刊誌などの広告も目に入ります。偶然の発見や学びがあるのも、新聞の良さです。
いま、新聞ではデジタル版も普及してきています。デジタル版は有用ですけども、やはり紙面ならではの魅力を一人でも多くの方に伝えたい。だからどんなに部数が減っても新聞はなくしたらダメだと思っています。
――ありがとうございました。
尾木直樹(おぎ・なおき)氏 教育評論家、法政大学名誉教授、臨床教育研究所「虹」所長 1947年滋賀県生まれ。早稲田大学卒業後、私立海城高校、東京都公立中学校教師として22年間、その後大学教員として22年間の計44年間教壇に立つ。2004年に法政大学キャリアデザイン学部教授に就任、2012年4月教職課程センター長・教授、定年退官後、現在は法政大学名誉教授。著書(監修含む)は230冊を超えるほか、多数の情報・バラエティ・ 教養番組やCMに出演。InstagramやTikTokなど様々なメディア、SNSでも活躍中。 全国各地への講演活動にも精力的に取り組んでいる。
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