小西国際交流財団は、故・井上靖氏の「日仏翻訳者の地道な努力に応える事業を継続して行いたい」という遺志に基づき、1993年に小西財団日仏翻訳文学賞を創設。フランス語から日本語へ、日本語からフランス語へという双方向で翻訳作品を顕彰することを通して、日仏の文化交流と翻訳者への支援を行ってきた。
第29回となった今回、澤田直・立教大学教授を委員長とする選考委員会は畑浩一郎・訳、ヤン・ポトツキ著『サラゴサ手稿(上)(中)(下)』 (岩波書店、2022~2023年)を日本側(フランス語から日本語への翻訳)の受賞作として選出。6月3日、都内にて授賞式を開催した。
ポーランド出身のヤン・ポトツキ(1761~1815)が1810年に著した本作は、日本ではこれまで簡単な紹介がされたのみで、完全な邦訳の刊行が長らく待ち望まれていた。それが今回実現した喜びと、さらなる文化交流、翻訳者支援への厚い思いは、この日登壇した澤田選考委員長の言、駐日フランス大使フィリップ・セトン氏からのメッセージ(日仏会館・フランス国立日本研究所所長トマ・ガルサン氏による代読)、そして小西千寿・財団理事長、田村毅・東京大学名誉教授、中曽根弘文・参議院議員/小西国際交流財団評議員のあいさつに共通するものだった。
また、澤田選考委員長からは「日本とフランスの文学に携わる方々の交流の場であり、世界中で苦しんでいる方々に思いをはせ、連帯を示したい。このような場面でこそ、他者理解の第一歩と言える翻訳、そして文学の意味があらためて確認されるのではないか」と昨今の世界的な情勢を踏まえた発言も。本作については「作品を愛し、共感し、それを見事な日本語にした、手練れの作品」等と評した。
選考委員の一人、作家で早稲田大学教授の堀江敏幸氏は選評として「重層的で百科全書的側面と悪漢小説的な世界を、畑氏はきわめて自然に日本語へと移しかえた。スピード感が素晴らしく、込み入った構成の作品の中を1本の糸のようにまっすぐな線が走っているかのような、平明でわかりやすく、文意を損ねない訳文で、素晴らしい」等と語り、本作を絶賛した。
これを受けて畑氏は本作について、スペインからペルシアにまで及ぶ広大な領域を舞台として巨大な小説空間の中で数々の興味深い物語がつづられ、「特筆すべきは、生き生きとした登場人物たちの姿。そしてこの長大な物語が、それまで張り巡らされてきた数々の伏線がきれいに折りたたまれて終わる、まさに大伽藍のような小説」と本作の魅力を伝えた。さらに、その一節を翻訳家のティボー・デビエフ氏と畑氏自身とで、日仏2カ国語での朗読を披露した。
なお、フランス側の受賞作は『古今和歌集』を翻訳したミシェル・ヴィエイヤール=バロン氏、西谷修『アメリカ異形の制度空間』(講談社、2016年)ならびに『スポートロジイ第2号』(みやび出版、2013年)を翻訳したアルチュール・デフランス氏。9月20日にパリにて授賞式を開催予定。
コメント