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第169回芥川賞に市川紗央さん 直木賞は垣根さん、永井さん

(右から)芥川賞の市川さん、直木賞の垣根さん、永井さん

 第169回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が7月19日、東京都内で開かれ、芥川賞は市川沙央(いちかわ・さおう)さんの『ハンチバック』(文學界5月号)が選ばれた。直木賞は垣根涼介(かきね・りょうすけ)さんの『極楽征夷大将軍』(文藝春秋)と、永井紗耶子(ながい・さやこ)さんの『木挽町のあだ討ち』(新潮社)の2作に決まった。同日夜、都内のホテルで受賞者による会見が行われ、各氏が喜びを語った。

 市川さんは1979年生まれ、早稲田大学人間科学部eスクール人間環境科学科卒。筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側弯症および人工呼吸器使用・電動車椅子当事者。今年、『ハンチバック』で第128回文學界新人賞を受賞しデビュー。「文學界」5月号掲載、単行本は6月22日文藝春秋刊。受賞作の主人公は著者と同じ難病の重度障害者女性。受賞会見で市川さんは、「非常にうれしく、この場にいることが感慨深い」などと話した。

 直木賞の垣根さんは、1966年長崎県諫早市生まれ。筑波大学卒。2000年『午前三時のルースター』で第17回サントリーミステリー大賞と、読者賞をダブル受賞しデビュー。『君たちに明日はない』で第18回山本周五郎賞受賞。受賞作は、謎に包まれた室町幕府初代将軍・足利尊氏の秘密を解き明かす歴史群像劇。垣根さんは「汗をかきながら、一生懸命に書くのは当たり前のこと。それを読者におもしろく読んでもらうことがすべて。この賞を取れてほっとしている」と喜んだ。

 同じく直木賞の永井さんは、1977年、神奈川県出身。慶應義塾大学文学部卒。産経新聞記者を経て、フリーランスライターとなり、新聞、雑誌などで幅広く活躍。2010年デビュー。22年『女人入眼』が第167回直木賞の候補作に。今回受賞した『木挽町のあだ討ち』は、今年の第36回山本周五郎賞にも選ばれている。受賞作は江戸時代を舞台にしたミステリー仕立ての時代小説。受賞を聞いた時の気持ちについて、永井さんは「うれしい気持ちとこわい気持ちが極まって、恐悦至極とはこんな感じかと思った」と語るとともに、「この作品は、多くの読者や書店員の皆さんに応援していただいた。ここまでたどり着くことができて良かった」と語った。

作品としての「強さ」を評価

オンラインで講評する平野さん

 芥川賞の選考委員を務めた作家・平野啓一郎さんがオンラインで会見し、市川さんの『ハンチバック』は選考委員の圧倒的な支持を得て、2回目の決選投票は行わずに決まったことを明かした。「作品としての強さが一致して評価された」として、「非常に特殊な状況で困難を抱えて生きる女性を描き出した。健常者中心主義的な考えの中で、『自分を認めてほしい』と訴えるのではなく、本人が抱えている問題を通じて、社会的な通念やわれわれの常識を批評的に解体した」などと高く評価した。

 また、個人的な意見として、「芥川賞は新人賞なので、今後、どういう活動をしていくか想像を巡らせ、背中を押したくなるような作家を選びたいと考えている。選考委員からは『当事者性が強く、今後は何を書くだろう』という意見もあったが、もっと違う形の展開はあり得ると期待する声が上がった」と話した。

オンラインで講評する浅田さん

 直木賞の講評は選考委員で作家の浅田次郎さんが語った。それによると、1次投票で4作が残り、2次投票で同点だった垣根さんと永井さんの2作に決定した。「どちらも時代小説だが、好対照な作品だった」と評価し、「垣根さんの『極楽征夷大将軍』は愚直なぐらい真面目な長編。その一方、永井さんの『木挽町のあだ討ち』は、とても技巧的な読み応えのある作品」と説明した。

 『木挽町のあだ討ち』は、「どの選考委員からも『大変うまい小説である』と意見が出た。一行一句読み飛ばすことができないくらい繊細に練ってあり、ただのミステリーとはいえない細かさがある。テーマもきちんと理不尽な世界に対する批判が込められている」などと絶賛した。

「読書バリアフリー」推進を

 芥川賞を受賞した市川さんは受賞会見で、「私は社会に広く訴えたいことがあって、昨年の夏、この作品を書いた。だから、こうして芥川賞の会見に導いていただいことは非常にうれしく、われに天佑ありと感じている」と感謝。

 また、「これまであまり(障害の)当事者の作家がいなかったことを問題視して、この小説を書いた。重度障害者の芥川賞受賞は初めてと言われるだろうが、2023年にもなってどうして初めてなのか、みんなに考えてもらいたい」との思いを伝えた。

 最後に、「私が一番訴えたいことは『読書バリアフリー』が進んでいくこと。読みたい本を読めるよう、環境整備を進めてほしい」と求めたうえで、「これからはいろいろなものを、いろいろな視点で、いろいろな角度から書いていきたいと思っている」と話した。

 直木賞の垣根氏は「この壇上にいることができてほっとしている」と率直に語り、「(作家として)一生懸命に、汗をかきながら書くのは当たり前のことだと思っている。ただ、読者には笑ってよんでもらえればいいという気持ちで、いつも小説を書いている。皆さんにおもしろおかしく読んでもらって、何かが残ったらいい」と、作品に込める思いを語った。

 そのうえで、「今回はいろいろな方の後押しがあって受賞することができた。それは分かったうえで、今日はたまたま自分の日だったのかなと思っている」と話した。

 続いて、永井さんが登壇。初めての新聞連載小説(産経新聞「きらん風月」)がちょうど翌日に最終回を迎えることについて聞かれ、「この作品が発売されると同時に新聞の連載が始まって、この半年間、落とすわけにはいかないという緊張感の中で続けてきた。この賞も受賞でき、上半期を走りきったという感じ」と振り返った。

 小説の魅力について聞かれると、「今は小説だけでなく動画、音楽、芝居などたくさんのエンタメがある。ただ、それらはどれも連動していく可能性もある。他のエンタメと融合しながら、別の入口から小説の方にも『来い、来い』と思っている。小説は最も『脳内3D』がおもしろいものだと思っているので、可能性はまだまだ広がるだろう」との考えを示した。

 最後に、「地元(静岡県島田市)では、デビュー当時から書店の皆さんにとても応援していただいている。これまで暖かく見守ってくれたことに感謝している」と語った。

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