日本代表のチームドクターが贈る未来のアスリートのためにできること
聖路加国際病院の整形外科医として活躍する一方、7人制のラグビー日本代表や大学・高校の体育部のチームドクターとしての一面を持つ田崎篤先生。その田崎先生が₂月中旬に岩崎書店から『子どもの健全な成長のための スポーツのすすめ』を刊行する。本書は子どもたちがスポーツをするうえでの正しい医学知識、大切なことを伝えるべく、その保護者らに向けてまとめた₁冊だ。「スポーツは子どもたちが主役」と明言する田崎先生に、子どもたちを支える親として、指導者としてのあるべき姿勢について話を聞いた。 (聞き手 山口高範)
「食べる・飲む・眠る」というメッセージ
各スポーツチームのドクターとしての一面も持つ田崎先生。トップアスリートと今の子どもたちの「スポーツ」を取り巻く環境の違いが、本書を執筆するきっかけになったという。
チームドクターとして関わるなかで、正しいスポーツ医学に基づいた指導が、なぜトップアスリートのみにとどまり、子どもたちに情報提供されていないのか。すべての知見は、未来を創る若い世代に用いられるべきですし、私も高級な食材や運動機器、難しいスポーツ理論などでアスリートたちを指導しているわけではありません。スポーツ医学の正しい知識、スポーツにおいて大切なことを、子どもたちや親御さんに伝えたいと思い、筆を執りました。
スポーツにおいて何より大切なことは、「最高の日常生活」を送ることです。つまり食事・睡眠をしっかりとる、規律を守る、両親・仲間・友人を大事にすることです。本書でも触れている、ラグビー・イングランド代表のロゴが入ったエプロンがあるんですが、そこには「eat・drink・sleep」と書かれています。それをロンドンのお土産店で見かけたとき、その力強いメッセージが、普段お母さんが身に着けているエプロンに記されていることに、深い感銘を受けました。これぞ、親が子どもにできる最大の貢献だと。世の中に流布する多くの医療情報以前に、まずはその「食べる・飲む・眠る」をちゃんと守ることが、何よりも大切です。
本書では、スポーツにおいて勝利を目指す過程こそが、その結果よりも、子どもたちの人格形成にとって重要な役割を果たすと説く。子どもたちが運動することの本当の意義とは。
「最高の日常生活」を送ることが、試合や本番に向けた「最高の準備」となります。スポーツにおいて勝つためにどうするか、最高のパフォーマンスを発揮するためにはどうするか、ラグビー7人制日本代表選手もその点を意識しながら日常生活を送ることを心がけています。「勝つ」ためには、どんな食事を摂ればいいか、どんな練習をすればいいか、どういう精神状態でいればいいかなど、日々工夫しながら生活することは、社会適応力や集中力、勝利を手にすることで得られる自己肯定感など、子どもたちがこれから仕事やビジネスの局面において、大人として生きていくうえでの訓練となり、多くのことを学ぶ機会となります。
もちろん身体的な側面から見ても、小さいころからの運動は、とても重要です。子どものときにどれだけ運動していたかが、将来の骨密度を決定する大きな要因となり、その低下の予防にもつながります。さらに鬼ごっこやかけっこ、またバスケットボールやサッカーなどの有酸素運動もまた、脳が活性化され、問題解決能力の向上に効果的です。
正しいスポーツ医学の知識を
子どもが「最高の日常生活」を送るためには、保護者の姿勢が不可欠だと田崎先生。その一方で正しいスポーツ医学を知ることも必要だと説く。
いまスクリーンタイム、つまりスマートフォンやゲームなどの時間が安眠を妨げ、「平常心を保つ」という点において阻害因子となり、パフォーマンスが下がる、というデータもあります。しかし親が子どもの前でやっていると、子どもにその行為を禁止するのは難しい。まずは親御さん自身がスクリーンタイムを控えることが大切です。両親がスマホを見る時間を減らし、家庭でストレッチやトレーニングをして、スポーツをする姿勢を示せば、子どもたちも自然とスポーツをやるようになります。子どもにしてほしいことを親が率先して行うことが、子どものスポーツ指導においては、いちばん正しいアプローチ方法だと思います。優秀な成績を残しているトップアスリートも、小学生のときから、家族の協力やサポートがあればこそ活躍できる。ただ親御さんが試合結果などについて、言い過ぎることもよくありません。アメリカでは、「24時間は監督や試合結果についてコメントしない」というルールがあります。その線引きも必要かもしれませんね。
一方で保護者の方、またコーチなどの指導者には、正しいスポーツ医学やそれに基づいたトレーニングなどの知識も大切です。正しいトレーニング方法、運動前後の体のケア、運動直後の栄養補給の必要性など、本書を通じて知ってほしい。ウォーミング・アップやクール・ダウンもマニュアル化されたやり方ではなく、子どもたちのコンディションや精神状態を見ながら、遊び要素を入れたり、時間を短くしたり、日々メニューをカスタマイズすることが大事です。つまり「子どもたちが主役」であること、そこを忘れてはいけないと強く思います。今回、これらのスポーツ医学の知識だけでなく、ケガ予防につながる実用的なストレッチ方法なども収録しています。子どもたちの安全と健康を守るための知識・方法を、本書を通じて習得してほしいと心から願っています。
▲チームドクターとしてコミュニケーションをとる田崎先生
撮影:鈴木真貴
ケガをしたときこそがチャンス
田崎先生は、これまで多くの子どもたちのケガの治療や助言に関わってきた。土曜や平日夕方に住宅街のクリニックで、1日あたり20~30人の子どもたちの診察にあたるという。
手術や大きなケガなどが原因で来院される聖路加国際病院だけではなく、ケガをした子どもの力になってあげたい、貢献したいという思いが強いですね。子どもがケガを負ったとき、子どもだけでなく、親御さんも焦るあまり、「いつ治るんですか」「本当にギプスは必要なんですか」と言う方もいらっしゃいます。しかしスポーツとはそもそも勝つために「楽しみながら競い合う」ものです。よりスポーツに真摯に向き合うためには、万全のコンディションで試合に向かうべきです。ほとんどのケガが適切な治療と時間をかければ治ります。その間はふてくされたり、ゲームをしたりするのではなく、勉強や読書に時間を割く、それで成績があがり、教養が深まれば、自信にもつながる。そのメンタリティは、治療後のプレーにもよい影響をもたらしてくれるはずです。「ケガをしたときこそがチャンス」、それは日本代表の選手も子どもたちも同じです。
この本はブームに乗るような本ではないと思っています。ですから3年後も5年後も嘘にはならないような内容で書きあげたつもりです。多くの方に手に取ってもらい、正しい知識を習得してもらうことで、お役に立ててほしいと思っています。
四六判/128㌻/
本体1200円
田崎 篤 (たさきあつし)
聖路加国際病院整形外科医長、副センター長。日本医科大学卒、東京医科歯科大学大学院修了、医学博士。聖路加国際病院整形外科勤務。2004年米国キャンベルクリニック整形外科、2006年ジョンズ・ホプキンス大学に留学。2006年より聖路加国際病院に復職、専門は肩関節、スポーツ医学。日本整形外科学会認定専門医、日本体育協会スポーツ医。日本整形外科スポーツ医学会、日本肩関節学会等の役員を務め、日本代表ラグビーチームをはじめ大学や社会人チームのチームドクターを務めている。
担当編集者は語る
田崎先生がチームドクターをしている、大学ラグビー部の練習に同行さてせいただいた際、監督や選手だけでなく、マネージャーからもアドバイスを求められていて、信頼される「チームドクター」なんだと実感しました。子育てをするなかで、受験など勉強の方に重きをおくあまり、運動を二の次に考えてしまうことや、一方、子どものスポーツ活動に対して、親の方が過熱して、昔の常識のままの間違った意見をしてしまうことなどがよくあります。この本を読むことで、子どものスポーツ活動を支える親の心得がよくわかり、意識が変わります。医師から見た子どもの運動がよい理由が、肉体面、精神面、学力の点で書かれていますが、これを読むと、子どもの頃の運動習慣は、未来への投資であることが納得でき、スポーツをさせない手はない!と深く実感しました。(岩崎書店編集部 佐々木幹子)
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