文化通信社主催の第4回「活字文化フォーラム」が7月25日、東京・台東区の東天紅上野本店で開催される。昨年の出版文化産業振興財団(JPIC)が実施した韓国視察で、アテンド役として同行した「本と社会研究所」白源根(ベク・ウォングン)代表による基調講演を皮切りに、同氏に加え、経済産業省内に大臣直轄の「書店振興プロジェクトチーム」を設置した齋藤健経産相、文字・活字文化推進機構理事長を務める読売新聞グループ本社・山口寿一社長といった活字文化の未来を占うキーマン3氏が「日本の書店政策」について議論を交わす。白氏にフォーラムで伝えたいこと、長年にわたり出版研究を追求するに至った経緯などを聞いた。
【堀雅視】
書店支援は恩恵ではない
――基調講演、パネルディスカッションで伝えたいことは。
韓国での書店支援の在り方、なぜ書店に支援が必要なのか、支援は異質なことではなく国として当然の政策であるということを語りたい。
書店が抱える懸案は業界や一国だけの問題でなく、読書離れは国力低下につながる世界共通の課題です。今回のフォーラムのようにみんなで考える機会がもっと増えれば道は開けると信じて臨みたいと思います。
――韓国の書店支援が注目されています。
韓国では日本で言う「町の書店」のことを「地域書店」と呼びます。地域書店は特別に恩恵を受けているわけではなく、国民が本と身近に接する環境づくりは国として最低限の役割です。政治家や教育者が都合の良いときだけ「本は大切」と語り、そのための策を放置することは無責任極まりない。「読書は必要」と言うのなら市場性の弱い出版、書店、周辺の流通チャンネルの多様性を市場競争のみに任せてはいけません。
――手厳しい指摘です。
当然であるべき政策です。韓国は日本の消費税にあたる付加価値税が出版物においては1970年代から免除。今では電子書籍にまで適用されています。2002年に制定された「出版文化産業振興法」に、21年からは地域書店の実態調査(隔年)や活性化計画も盛り込まれました。公共図書館も地域書店から購買するよう強く推奨している。出版界への支援、国民が安価で本を購入できるという業界と消費者双方にメリットがある仕組みが構築されています。
――韓国の書店数は増加していると聞きます。
独立書店の数は増えています。15年以降、毎年100店近くが開業し、現在まで1100店以上がオープン。このうち2割が廃業しましたが、約900店は継続してがんばっています。
――これらの書店は利益を上げているのですか。
そう簡単な話ではありません。日本の書店の核となる商材は雑誌とコミックですが、韓国は学習参考書。日本と同じく少子化で学生の数が減り、安泰ではありません。学参を置けない小さな店はさらに厳しい。カフェなど他業種との複合店、人件費対策の無人書店、複数で運営する共有型書店も少しずつ増えています。
――前大統領の文在寅氏も昨年、書店をオープンしました。
文氏は読書家で知られ、印象に残った本は積極的にSNSで発信し、支持者も多いのでオープンからずっと賑わっています。彼は収益を地域書店に役立つ事業に還元しています。
大統領時代は政治的な面で日本には彼のアンチも少なくないでしょう。しかし、決して日本が嫌いなわけではなく、長い歴史や政治、周囲の意向などさまざまな側面が背景にあります。元弁護士でとても真面目で前向き、本を愛する人物です。
著名人PRも日韓で差
――韓国は著名人が推薦した本が大きく動くと聞きますが、日本では自著のPRが目立ちます。
韓国だけでなく、欧米でも有名人が「これは読むべき本だよ」と発信することは一般的です。BTSや東方神起が推薦したエッセイが反響を呼び、韓国の文学作品が世界に広がりました。芸能も本も同じエンターテインメント。素晴らしい作品を積極的に発信することは表現者として役割の一つ。文化通信社が取り組む「こどものための100冊」や、ギフトブックキャンペーン「先輩の本棚」のように、日本の新聞やテレビはもっと「著名人の推薦本コーナー」などを設けるべきです。
――JPICの韓国視察では渉外と通訳として同行されました。
かつては韓国の出版関係者が日本の出版を学ぶためや、著作権ビジネス目的で例えば東京国際ブックフェアに数百人規模で来場しました。私も毎年参加していたのでブックフェアが開催されなくなったことは非常に残念です。これまで効率的な流通システムを構築したドイツが注目されましたが、日本の出版関係者が公式に韓国を視察するのは初めてではないでしょうか。小規模書店の厳しさは韓国も同じ。自分事として視察団を公共図書館や書店、書店組合、韓国出版文化産業振興院などに案内する重責を担いました。
世界標準も視野に粘り強く挑戦
――日本の「本の日」に先駆けて、韓国の「書店の日」は白さんが提案されたのですね。
書店の社会的地位向上と書店人の誇りを高めるべきだと考え、8年前に韓国書店組合連合会に提案し、採用されました。「覚えやすい」、「本が本棚に並ぶ様子」、「人々が書店に向かう行列」を想像して「1」を並べた11月11日としました。
現状、地域書店の発展に貢献した人を表彰することが主なイベントですが、大々的なマーケティングを確立し、普段書店に行かない人も来店するきっかけづくりとなる「書店の売上最高の日」に成長してほしいと願っています。
ソウルの大型書店に感嘆
――出版研究を追求するに至った経緯を教えてください。
田舎育ちで近くに書店は1軒もなく、家族や周囲に読書をする人はいませんでした。中学からソウルに転校し、大型書店を見て驚きましたね。そこから本が好きになり、高校ではブッククラブ、大学では「校誌」の編集長として本に携わり、どんどん「出版」への興味が増していきました。
――日本に留学されています。
出版社の就職が決まっていましたが、大韓出版文化協会が新入社員を教育する「出版大学」の講座で、講師たちが「日本の出版が標準モデルだ」などとても高く評価するのです。深く知りたい気持ちが膨らみ、就職を辞退して上智大学大学院への留学を決めました。兵役も終えた26歳のときです。
――当時の日本の印象は。
東京の保谷市(現在の西東京市)で読売新聞の奨学生として朝夕刊を配達しながら学校に通いました。印象的だったのが、お客さんから新聞不着の連絡があると、新聞と一緒にビニール小袋の中に電話代として10円玉1枚を入れて持っていくことです。そのサービス精神は韓国にはない日本特有の文化です。今回のフォーラムには読売新聞グループの社長も登壇されるのでとても楽しみです。
――長く研究を重ね今日の出版専門家としての白さんがあるのですね。
大学院では「週間読書人」の編集長も務めた植田康夫先生に師事し、貴重な経験となりました。その後も研究者として活動を続け、地域書店に必要不可欠な日本の再販制度に当たる「図書定価制」の強化を訴え続けたことで、多くの業界人に知っていただくようになりました。
志を持ち続け 新しい手法を
――白さんが考える小規模書店経営難の打開策は。
繰り返しになりますが、この問題は韓国、日本だけでなく世界的な現象。世界基準も考察しながら世の中の変化に合わせ、業種・業界を超えた本のエコシステム、新しいビジネスモデルの構築が必要です。
書店だけなく、本にまつわるすべての人、国全体が多様な策を積極的に実施し、粘り強く挑戦していけば自ずと見出されるはずです。
――フォーラムに向けてメッセージを。
「人々の本を読みたい気持ち」と「出版社、書店が読者に本を伝えたい志」が消えないかぎり、本がなくなることは絶対にありません。紙の本を読まなくなった世代に本の楽しさをどう伝えるか、これまでと違う手法を皆さんと考えたい。書店の未来は明るいと信じて一緒にがんばりましょう。
――ありがとうございました。フォーラムが楽しみです。
1967年全羅北道高敞郡出身。檀国大学国文学科、中央大学新聞放送大学院出版雑誌専攻および大学院博士課程(言論学専攻)修了。93年上智大学新聞学科・大学院研究課程修学。95年韓国出版研究所責任研究員、15年本と社会研究所設立。出版都市文化財団実行理事、京畿道の地域書店委員長、韓国出版学会の出版政策研究会長、ウェブマガジン「出版N」編集委員、ソウル図書館ネットワーク委員長、日本出版学会正会員など。
文化通信社第4回活字文化フォーラム
「書店再生に向けた提言―韓国の書店支援から日本の書店政策を考える」
日 時:7月25日(木)10:00~13:30
フォーラム[基調講演10:00~10:30、パネルディスカッション10:40~11:45]
懇親会12:00~13:30
場 所:東天紅上野本店 5階飛鳥(受付・フォーラム)・8階ルーキス(懇親会)
主 催:株式会社文化通信社
参加料:会場参加12,000円 オンライン視聴7,000円
登壇者
齋藤健氏
経済産業大臣・「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」幹事長
山口寿一氏
公益財団法人文字・活字文化推進機構理事長・読売新聞グループ本社代表取締役社長
白源根氏(基調講演)
本と社会研究所代表(韓国)
司 会:南美希子氏
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