時代を色濃く写し出す
激動の近現代史を地図で読み解く
地図と読みものを融合させた、いわゆる「地図本」ブームを起こした地図研究家・今尾恵介氏の『地図帳の深読み』(帝国書院 2019年刊行)。その待望の続編『地図帳の深読み 100年の変遷』が、帝国書院から8月26日取次搬入で刊行される。第2弾となる本書は、大正6年(1917)創立の帝国書院が一世紀以上にわたり刊行してきた豊富な地図帳などをもとに、この100年間の歴史を当時の地図から読み解く。今尾氏が本書執筆に際して知った、昔の地図の面白さ。そして、地図から読み解ける世界について聞いた。 (聞き手 野中琢規)
地図から歴史を読む
地図本ブームを巻き起こした前作。その続編で昔の地図を題材にした理由とは。
おかげさまで書店でのコーナー展開やパブリシティなど、今でも前作がご好評をいただいており、是非続編をという話をいただきました。地図から読み解ける面白いネタはまだまだいくらでもありますが、続編の切り口については、企画段階からいくつかのアイデアが提示されました。結果として“古い地図帳の読み解き”というアイデアが採用されたのですが、帝国書院は、最初の地図帳である『帝国地図』を大正9年に刊行し、実に100年以上にわたって地図帳を出し続けています。その豊富な資料を参照することも出来ましたし、近年は復刻版の地図帳も多数刊行しています。そこで、大きく時代が変わったこの100年間について当時の地図帳をよく見ることで、さらに深掘りしていく。そういうことができないかと思い、第2弾のテーマを歴史に決めました。
「歴史」という視点で地図帳を読み直してみたことで、以前には気づかなかった発見に出会えたという。
今回は執筆しながら、自分でもたくさん勉強になりました。一番私が盛り上がったのは、何故リッチモンドがアメリカでの電気鉄道の営業運転始まりの地であったか、その理由が判明したことです。
鉄道史についての本は色々と書いていますが、最初に走らせるならニューヨークやロサンゼルスといった大都市が順当だと思っていたので、何故リッチモンドなのかは、ちょっと合点がいっていませんでした。
そこで今回、当時の地図から滝線都市を取り上げたところ、リッチモンドがかなり坂道の街だということがわかりました。箱根登山鉄道よりも急な、最高100‰(パーミル)もの勾配があり、そんな坂道もスイスイ上り下りできる電車の威力を知らしめるデモンストレーションのためにも、リッチモンドが選ばれたということが今回調べてみて納得できたのです。
本書は、こういった昔の地図から色々と探っていく面白さを、読者も一緒に体験してみませんか、と提案するための本でもあります。
▲当時の地図も掲載して紹介する
地図に表れる激動の近現代史
かつて日本にあった「陸上の国境線」や、沖縄が掲載されていない地図など、この100年で大きく変化した日本の地図についても、本書では多数紹介している。
私が子どもの頃に使っていた昭和47年(1972)の地図帳は、東西ドイツ、南北ベトナムは当たり前でソ連もあったりと、国名も国境も今とは当然違っています。
もっと時代をさかのぼれば日本の場合も領域などが大きく違っていて、「朝鮮地方」や「台湾地方」も領土として載っています。本土の人が北朝鮮や満州に転勤ということはしょっちゅうあった時代で、戦前の昭和9年(1934)の地図なんかを見ていると、ある意味で今よりもアジアが身近な認識だったんだろうな、と実感しますね。
多数の資料や参考文献をもとにした本書。時代ごとにさまざまな特色がある地図帳からは、当時の思想も読み取れるという。
昭和13年刊行の『新選大地図 日本編』(帝国書院刊)は担当編集者も推薦していますが、大判化していて、ページも多いですし、印刷技術の向上で色彩も鮮やか。縮尺の大きい地図もたくさん載っていて、クオリティが高い地図帳です。そして当時は日中戦争の最中で、軍事色も色濃く出ています。
あの頃は、どんどん進出しようとしている南方の資源地図などを民間が出していて、鉱産資源やバナナとか、国民に外国の資源が欲しいなと思わせて、戦時国策を正当化する教育目的もありました。
過去を振り返ると必ずしも明るい話題ばかりではないので、歴史的にどういうことがあったのかをちゃんと認識することは、現代においても重要です。
地図=この世の本質の図化
昔から多くの人間が関わり、作り上げてきた地図自体にもまた歴史がある。
この世の本質をわかりやすく伝えるのが地図帳の役目ですけれど、時代ごとの地図編集者たちが、すごく苦労しながら工夫していることも、今回改めてわかりました。本書でも取り上げた、メルカトル図法とホモロサイン(グード)図法を重ね合わせた地図などは秀逸ですし、一色刷りでも細い線を並べて河川を表現するなど、アナログの制約下での工夫が見てとれます。どれだけこの世の本質を図化するか、ということをかなり一生懸命考えていたと思います。
また、地図は縮尺が小さくなればなるほど、記号化の度合いが高くなってくるので、そこに編集者の意図は大きく働いてきます。その点に注意しつつ、地図の語法(話し方)に慣れるためにも、子どもや先生にも多くの地図に接してもらいたいですね。
歴史をテーマに、また新たな地図の楽しみ方を提示した本書。ブームを牽引し、次の展開は。
1作目でも現代の地図から歴史を読み解くことはありましたが、今回は当時の地図を用いているので、より読みごたえが増していると思います。本書をぜひ歴史好き、特に近現代史好きの読者にも読んでほしいですね。主要全国紙(4紙)に半五段広告を出すと聞いていますので、新たな読者層の開拓に期待しています。
帝国書院さんから復刻版の地図帳が何冊も出ていますし、今は調べたい情報にアクセスしやすい時代です。書店でもこの本と一緒に、地図帳はもちろん歴史本などと並べていただけると嬉しいですね。
帝国書院の古書展示室には当時の地図帳など貴重な資料が保管されている
『地図帳の深読み 100年の変遷』
A5判/180㌻/定価1980円
新刊
『地図帳の深読み』
A5判/176㌻/定価1980円
(2019年発刊)
帝国書院が刊行する復刻版地図帳
『復刻版教科書大正9年 帝国地図』
227mm×157mm/59㌻/定価2200円
『昭和9年版 復刻版地図帳』
A5判/2巻セット/定価4400円
※上記以外の年度もラインナップあり
今尾 恵介(いまお けいすけ)
1959年横浜市出身。地図研究家。明治大学文学部ドイツ文学専攻中退。中学生の頃より帝国書院の地図帳を愛読。授業で国土地理院発行の地形図に出会い、地形図マニアになる。現在、(一財)日本地図センター客員研究員、(一財)地図情報センター評議員を務める。地図や地名、鉄道に関する著作が多数ある。2019年度には、日本地理学会賞(社会貢献部門)を受賞した。
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