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インタビュー

『硝子の塔の殺人』(実業之日本社)/知念実希人氏に聞く

作家デビュー10年目の集大成
構想20年! 著者初の本格ミステリ


写真:近藤 篤

 作家デビュー10年目を迎えた、知念実希人氏の『硝子の塔の殺人』(実業之日本社)が7月30日に発売された。癖のある登場人物たち、陸の孤島と化した奇妙な館、そこで繰り広げられる連続殺人事件…知念氏初の本格ミステリ作品だ。すでに学生時代のころから、本作のトリックを考えていたという知念氏。構想20年にわたる大作で、自身の「集大成であり代表作」と語る本作について話を聞いた。(聞き手:山口高範)

今だから書くことができた本格ミステリ

これまで医療ミステリなど中心に活躍してきた知念氏。作家デビュー10年目にして、なぜ本格ミステリを執筆しようと思ったのか。

 私は島田荘司先生が審査・選考する、「ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」での受賞がデビューのきっかけでした。この賞は日本が誇る本格ミステリという文化を絶やすことなく、世界に伝えるという意図で創設された賞で、私の受賞作は、むしろサスペンスに近い作品でしたが、島田先生に気に入っていただきました。
 ですから、いずれはちゃんと本格ミステリに正面から取り組んだ作品を書かなくてはいけない、という思いはずっとありました。
 本作は私が初めて手掛けた本格ミステリですが、その構想、トリック自体はおよそ20年前の学生のころに思いつき、ずっと温めてきたアイデアです。しかし本作を作品として昇華させるためには、その複雑なトリックやそれを成立させる仕掛け、それらを読者に納得させるだけの、作家としての力量が必要不可欠でした。
 ですから、今年でデビュー 年目を迎えたことを機に、今であれば学生時代に思いついたそのトリックを、一つの作品として仕上げることができるという思いから、本作を執筆しました。

読書体験と作家としてのキャリア

知念氏にとって、本格ミステリである本作は、これまで、またこれからの作家活動のなかで、どういう位置づけにあるのか。

 アガサ・クリスティーやエラリー・クイーンなど、数々の偉大な作家がミステリというジャンルを創りあげてきました。また日本においては、新本格ミステリのムーブメント以降、その人気は今でも続いていて、ひとつの日本の文化ともいえるのかもしれません。それはリアリティを求めるというよりも、むしろ純粋な知的ゲームとして楽しめる小説なのだと思います。私はそういった本格、新本格ミステリといわれる、数多くの作品に支えられ、助けられ、楽しませてもらいました。
 一方、100年以上続くミステリの歴史の中で、あらゆるトリックはすでに出尽くしていて、一人の作家の人生のなかで、壮大なトリックというものは、そういくつも思いつくものではありません。
 ですから、私の40年間の人生の中で思いついた最高のトリックを、数々の読者体験を通じてインプットしてきたもの、10年間の作家人生で培ってきた力量を惜しむことなく発揮し、本格ミステリとして一つの作品に仕上げることができた、という自負はあります。   
 言わば、自身の「集大成であり、代表作」ともいえる作品なので、ぜひ多くの方に手に取って、読んでもらえることを願っています。

本格ミステリというフェアゲーム

重層的な物語構造やトリック、また舞台となる「硝子の塔」は一級建築士に、実際にデザイン監修を依頼するなど、細部に至るまで、プロフェッショナルなミステリ作家としての知念氏のこだわりを垣間見せる作品だ。

 本格ミステリというのは、複数の解答ではなく、「たった一つの解答」、「たったひとつの真実」を導き出さなくてはなりません。それは本格ミステリの約束でもあります。読者に対し、その解答にたどり着くまでの手がかりを作中で提示する、これもまた本格ミステリという「フェアなゲーム」の中でのルールです。
 また館の構造、登場人物の思考やそれにともなう行動、その一つ一つに矛盾があってはいけません。それらの要素において、読者が違和感を感じることなく、物語に入り込めるよう、細部に至るまで神経を使わなければならない作品ではありました。
 細部まで矛盾なく創りあげる、というコンセプトが執筆当初からあったので、トリックの肝となる「硝子の塔」の建物自体にもこだわりました。しかし文章だけでは読者に伝わりづらいと思ったので、建物の展開図や設計図も冒頭に収録させてもらっています。

▲物語への想像を駆け立てる「硝子の塔」の設計図も収録する

最前線に立つ書店員

本作発売に際し、書店のためにサイン本を6000冊以上書いたという知念氏に、書店へのメッセージを聞いた。

 コロナ禍で本が売りにくい状況のなか、書店員の方々はいつも本を売る、最前線に立ち、読者の方に本を届けていただいています。本当に感謝の気持ちしかありません。小説に限らず、出版という文化を守るためには、誰か一人の力でどうにかなるものではないと思います。
 ですから作家として私ができることは、いい本を書いて、書店員の方が売りたいと思ってもらえる、多くの読者が読みたいと思ってもらえる作品を出していくこと。出版に関わる一人一人の力を集め、この大切な文化を守っていきたいと思っています。


『硝子の塔の殺人』


四六判/504㌻/定価1980円

知念 実希人(ちねん みきと)

1978年、沖縄県生まれ。東京都在住。東京慈恵会医科大学卒、日本内科学会認定医。2011年、第4回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を『レゾン・デートル』で受賞。12年、同作を改題、『誰がための刃』で作家デビュー。「天久鷹央」シリーズが人気を博し、15年『仮面病棟』が啓文堂文庫大賞を受賞。『崩れる脳を抱きしめて』『ひとつむぎの手』『ムゲンのi(上・下)』で、本屋大賞連続ノミネート。その他『優しい死神の飼い方』『時限病棟』など著書多数。

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