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インタビュー

『電車のなかで本を読む』(青春出版社) ひとり出版社を営む島田潤一郎氏の人気連載を書籍化

四六判/200㌻/定価1760円

自分の体験を交えて珠玉の49冊を紹介

 東京・吉祥寺でひとり出版社「夏葉社」を営んでいる島田潤一郎氏による『電車のなかで本を読む』が、4月に青春出版社から発売された。本書は島田氏が高知新聞社の「K+」での人気連載「読む時間、向き合う時間」から選りすぐり、新たに3篇の書き下ろしを含め、一冊にまとめたものである。同氏自身の体験を交えて、49冊のおすすめの本が紹介されている。島田氏にふるさとである高知や読書などへの思いを聞いた。

(聞き手:孫維)


 

島田潤一郎さん

読者に寄り添う本を

 2009年に設立した「夏葉社」はどういう出版社なのか。

 「夏葉社」を立ち上げたきっかけは、極めて個人的な理由からでした。2008年に我が子を事故で亡くしたおじとおばに、ぼく自身が何かできることはないかと思い、ヘンリー・スコット・ホランドの詩と18枚のイラストを収録した本を贈ろうと。そういう思いから「夏葉社」を立ち上げ、出来た本が『さよならのあとで』です。

 出版社設立の経緯も、本を出版するモチベーションも、もしかしたら他の出版社とは違うかもしれません。デザイナーさんやイラストレーターさん、書店員さんなど多くの人々の協力で、「夏葉社」は14年間に渡り、出版業を営んでこられました。

 今も黒字で経営できているのは、多くの人に支えられているからだと思っています。ぼくは自分が世の中に出したい本というよりも、現在進行形で「夏葉社」を応援してくれている人達を喜ばせたい、一緒に楽しく仕事をしたいという思いで、出版業を営んでいます。それは我が子を亡くしたおじとおばを元気づけたい、という創業当初の気持ちと何ら変わりはありません。

 喜んでもらえる作品を作ることは、誰かに期待されている仕事をすることでもあります。そうすれば、自分にとっても居場所が生まれ、それが出版業を今でも続けられているモチベーションになっています。

我が子を亡くしたおじとおばのために制作した『さよならのあとで』

 連載にあたり、読者を意識しながら執筆したという。

 「読む時間、向き合う時間」という連載は、主に高知新聞の読者を対象としており、その読者層に合わないような選書は避けました。文章も「ですます調」で統一し、読者に語りかけるような表現を心掛けました。おじとおばのために作った『さよならのあとで』のように、実際に連載を読む方個人を想像しながら、本を選び、執筆しました。

 その連載から46篇を選び、新しく書いた3篇と合わせたのが本書になります。連載のときに特にテーマなどもなく、ぼくは自由に本とエピソードを紹介しましたが、全体を通して、ぼくは何を伝えたいのかを編集者の方が考え、「高知から本を思う」、「本との出会い」、「子どもと本」、「本から得られること」の4つのテーマにまとめてくれました。

 ぼくの知り合いでも、本を読まない人はたくさんいます。本を読む人だらけなら、わざわざ本の良さを伝える必要はありません。例えば、高知で漁業をしている人たちは、読書では得ることのできない、海や自然、漁で得た、代えがたい知恵を持っています。もしかしたらそういう人たちにとって、本や読書という行為は必要ないのかもしません。それでもぼくは、多くの人たちに本の良さを伝えていきたいと思っています。

 コロナで読書スタイルが変わったという。

 出版社を始めてからは、仕事に関連する仕事の本ばかり読んでいました。本の企画に役立つかもしれない、そういう視点で読書をしていたように思います。

 ただコロナになって、ぼくの読書スタイルは大きく変わりました。以前は人と会い、話し、共有するために、何かを見たり読んだりすることもありましたが、他人との交流や意見交換がない、人との接点のなかったコロナ禍では、それらを必要としません。そのため、自分が本当に読みたい本、好きな本だけを読むようになりました。それはコロナが落ち着いてきた今でも変わりません。読書のいいところは一冊読むと他の本につながっていきやすいところではないでしょうか。例えば、読んでいる本の中に違う本が出てきたときに、これは面白いなとか、この本が気になるなと思ったり、関連するジャンルの本を読んだり、本を読んでいれば次に読みたい本はその本の中に書いてあると思います。

吉祥寺に構えるオフィス内で、ひとり仕事を進める島田氏
オフィスの本棚には、数々の蔵書だけではなく、民芸品やキャラクター人形なども陳列されている

読書は自分自身の時間も提供

 電車のなかではスマホに時間を費やしている場面が多く見られる。

 ぼくが電車通勤をしていたころは、スマホを見ずに、本を読んでいました。だいたい1週間で1冊の本が読めて、年間で50冊本が読める。それを10年続ければ、電車で500冊もの本が読めることになります。それは間違いなく、人生を豊かにしてくれるはずです。そういう思いもあり、このタイトルを付けました。

 電車のなかに限らず、読書という行為は知識や言葉だけではなく、自分自身の時間も提供してくれる。例えば映画鑑賞の場合、決められた上映時間のなかで作品を堪能するメディアです。

 一方、読書はいつでも自身のタイミングで、本を開くこともできれば、閉じることもできる。それゆえゆっくりと考えたり、もの思いにふける時間を提供してくれる。そのような時間の使い方や読み方の多様性に、本の強みと魅力があると思います。

 また本には、読み終えた後に何かしらの変化や成長を予感させる効果があるのではないでしょうか。多くの人が変化や成長を求めている。現状ではスマホや他のコンテンツに時間が取られてはいますが、その欲求に刺激を与える要素があるかぎり、本が見直され、より読書が普及する可能性は十分にあるように感じます。

「言葉」のバトンを引き継ぐ

 本は「言葉」を次の世代に受け渡すツールとして最適だという。

 ぼくたちは本などテキストから言葉を学び、言葉を使って思考を行います。語彙は無限にあり、例え100の単語しか持っていなくても、組み合わせ方次第で考えられることや伝えられることは広がります。一方、定型句など画一的な表現を使用することで、思考や想像力の範囲は大きく制約され、限定的な考え方しかできなくなります。その結果、人間の思考は柔軟性に欠けるため、争いを引き起こしやすく、対話は存在しなくなります。

 言葉はぼくたちの文化基盤の一部です。古い文化を継承する手段として言葉が重要であり、本は最適なツールだと思います。ぼくは上の世代から「言葉」のバトンを受け取ったような人生を経験したので、何とか次の世代にも本に興味を持ってもらいたいです。

 ただ、すべての人に本の魅力を伝えるのは非常に難しいです。若者の中にはレコードを買う人がいるように、大きいマーケットとは言えないかもしれませんが、自分たちが楽しいと感じるものを求める人が一定数存在すると思います。本を作る出版社として、ぼくたちはその一部の人たちに対して、本の素晴らしさを誠実に伝えられれば、ちゃんと届くのではないかと思いますね。書店好きな島田さんに、書店へのメッセージを聞いた。

 現在、インターネットのおかげで出版業界の構造が大きく変わっています。過去には出版社と作家が情報を発信し、それが読者に届き、読者が反応するという流れが一般的でしたが、現在はみんなが同じ立ち位置から発信ができ、読者や書店が主体となって、本が動く時代になりつつあると感じます。ぜひ書店と共に、力を合わせて盛り上げていきたいと思っています。


島田潤一郎(しまだじゅんいちろう)
 1976年、高知県生まれ。東京育ち。日本大学商学部会計学科卒業。大学卒業後、アルバイトや派遣社員をしながら小説家を目指していたが挫折。編集経験のないまま、2009年、吉祥寺にて夏葉社を創業し、「ひとり出版社」の先がけとなる。

<おもな著作>
『古くてあたらしい仕事』(新潮社、2019年)、『あしたから出版社』(ちくま文庫、2022年)

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